・・・ 身の装も衣裳の染色模様なども目に立たぬようにして唯我身に応じたるを用う可しと言う。質素を主として家の貧富に従うの意ならん。我輩の同意する所なれども、衣裳は婦人の最も重んずる所のものなれば、唯一概に質素とのみ命令す可らず。男子は・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・ただに実際に心配なきのみならず、学校の官立なりしものを私立に変ずるときは、学校の当局者は必ず私有の心地して、百事自然に質素勤倹の風を生じ、旧慣に比して大いに費用を減ずべきはむろん、あるいはこれを減ぜざれば、旧時同様の資金をもってさらに新たに・・・ 福沢諭吉 「学問の独立」
・・・然るに主人の口吻は常に家内安全を主とし質素正直を旨とし、その説教を聞けばすこぶる愚ならずして味あるが如くなれども、最大有力の御用向きかまたは用向きなるものに逢えば、平生の説教も忽ち勢力を失い、銭を費やすも勤めなり、車馬に乗るも勤めなり、家内・・・ 福沢諭吉 「教育の事」
・・・ 白髯赭顔のデビス長老が、質素な黒のガウンを着て、祭壇に立ったのです。そして何か云おうとしたようでしたが、あんまり嬉しかったと見えて、もうなんにも云えず、ただおろおろと泣いてしまいました。信者たちはまるで熱狂して、歓呼拍手しました。デビ・・・ 宮沢賢治 「ビジテリアン大祭」
海辺の五時夕暮が 静かに迫る海辺の 五時白木の 質素な窓わくが室内に燦く電燈とかわたれの銀色に隈どられて不思議にも繊細な直線に見える。黝みそめた若松の梢にひそやかな濤のとどろきが通いもしよ・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
・・・ペルリが浦賀へ来た時代に大儒息軒先生として知られ、雲井龍雄、藤田東湖などと交友のあった大痘痕に片眼、小男であった安井仲平のところへ、十六歳の時、姉にかわって進んで嫁し、質素ながら耀きのある生涯を終った佐代子という美貌の夫人の記録である。「と・・・ 宮本百合子 「鴎外・漱石・藤村など」
・・・片手をすんなりと厚い絹地の服のひだの間にたれ、質素なひだ飾りが二すじほど付いているなりのイエニーの顔は、若い信頼にみちた妻の誠実さと、根本の平安にみちた表情をたたえている。二人の愛のゆるがない調和が流れているけれども、はっきりと外界に向って・・・ 宮本百合子 「カール・マルクスとその夫人」
・・・ 一体役所というものは、随分議会で経費をやかましく言われるが、存外質素に出来ていて、貧乏らしいものである。 号砲に続いて、がらんがらんと銅の鐸を振るを合図に、役人が待ち兼ねた様に、一度に出て来て並ぶ。中にはまかないの飯を食うのもある・・・ 森鴎外 「食堂」
・・・ 江戸に出ていても、質素な仲平は極端な簡易生活をしていた。帰り新参で、昌平黌の塾に入る前には、千駄谷にある藩の下邸にいて、その後外桜田の上邸にいたり、増上寺境内の金地院にいたりしたが、いつも自炊である。さていよいよ移住と決心して出てから・・・ 森鴎外 「安井夫人」
・・・市井にある庶民の一人としての住居にふさわしい、ささやかな、目だたない、質素な家に住むことを、藤村は欲したのであろう。しかしそういう住居のなかには、市井庶民の好みに合うような、さまざまな凝った道具が並んでいなくてはならなかったであろう。あると・・・ 和辻哲郎 「藤村の個性」
出典:青空文庫