・・・ ひろ子は、友人の贈物である綺麗な細工のボタンを、粗末なシャツのカフスにとめた。うしろの衿ボタンも妙になってカラーがさか立っている。重吉は自分のまわりを動くひろ子の頭越しに時計を見ながら、いかにも当惑したように、「時間がないな」・・・ 宮本百合子 「風知草」
・・・ クリスマスの贈物も、大晦日まで繰のべられる。部屋部屋の大掃除、灯がついてから正月の花を持って来る花屋、しまって置いた屠蘇の道具を出す騒ぎ。其処へ六時頃、父上が、外気の寒さで赤らんだ顔を上機嫌にくずし乍ら、「どうですね、仕度は出来ま・・・ 宮本百合子 「二つの家を繋ぐ回想」
・・・ 故国から来る贈物は、自分の生れたところから来た物と、自分をいつも愛して下さる両親の心遣いで送られたものという二重の意味を以て、私の心を喜ばすのである。 此も旅に居なければ味えない心持であろう。 今年は、珍らしく五つになる妹の御・・・ 宮本百合子 「無題(一)」
・・・それこそは青春のかえがたい贈物である知識欲や成長への欲望、よりよい生活へ憧れるみずみずしい心の動きは、現実にぶつかって、一つ一つその強さを試みられているわけだが、その現実は、青春の思いや人間の成長をねがう善意に対して、何と荒っぽい容赦ない体・・・ 宮本百合子 「ものわかりよさ」
・・・後に聞けば、飾磨屋が履物の間違った話を聞いて、客一同に新しい駒下駄を贈ったが、僕なんぞには不躾だと云う遠慮から、この贈物をしなかったそうである。 定めて最初に着いた舟に世話人がいて案内をしたのだろう。一艘の舟が附くと、その一艘の人が、下・・・ 森鴎外 「百物語」
出典:青空文庫