・・・「それではその新しい方の分も、全部贋物なんでしょうか」芳本も呆れ顔して口を出した。「さようのようです。雅邦さんの物も、これは弟子の人たちの描いたものでもないようですね。○○派の人たちの仕事でしょう。玉章さんの物なんか、ひところは私た・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・もとより同人の同作、いつわり、贋物を現わすということでは無い。」と低い声で細々と教えてくれた。若崎は唖然として驚いた。徳川期にはなるほどすべてこういう調子の事が行われたのだなと暁って、今更ながら世の清濁の上に思を馳せて感悟した。「有・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・自分なぞも資産家でさえあればきっとすばらしい贋物や贋筆を買込で大ニコニコであるに疑いない。骨董を買う以上は贋物を買うまいなんぞというそんなケチな事でどうなるものか、古人も死馬の骨を千金で買うとさえいってあるではないか。仇十州の贋筆は凡そ二十・・・ 幸田露伴 「骨董」
九月のはじめ、甲府からこの三鷹へ引越し、四日目の昼ごろ、百姓風俗の変な女が来て、この近所の百姓ですと嘘をついて、むりやり薔薇を七本、押売りして、私は、贋物だということは、わかっていたが、私自身の卑屈な弱さから、断り切れず四・・・ 太宰治 「市井喧争」
・・・芝居に出て来るような、頗る概念的な百姓風俗である。贋物に違いない。極めて悪質の押売りである。その態度、音声に、おろかな媚さえ感ぜられ、実に胸くそが悪かった。けれども私にはその者を叱咤し、追いかえすことが出来なかったのである。「それは、御・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・そんなときには、私のほうから、あいつは贋物だと言ってやろうか、とも考えた。少しずつ私は図太くなっていたらしいのである。不安と戦慄のなかのあの刺すようなよろこびに、私はうかされて了ったのであろう。新進作家になってからは、一木一草、私にとって眼・・・ 太宰治 「断崖の錯覚」
・・・ 私の悪徳は、みんな贋物だ。告白しなければ、なるまい。身振りだけである。まことは、小心翼々の、甘い弱い、そうして多少、頭の鈍い、酒でも飲まなければ、ろくろく人の顔も正視できない、謂わば、おどおどした劣った子である。こいつが、アレキサンダ・・・ 太宰治 「春の盗賊」
・・・、けれども、やはり自分の皮膚だけを、それだけは、こっそり、いとおしみ、それが唯一のプライドだったのだということを、いま知らされ、私の自負していた謙譲だの、つつましさだの、忍従だのも、案外あてにならない贋物で、内実は私も知覚、感触の一喜一憂だ・・・ 太宰治 「皮膚と心」
・・・君はこないだ、贋物じゃないかなんて言って、けちを附けてたじゃないか。」「そうでしたかね。」私は赤面した。「お茶を飲みに来たんだろう?」「そうです。」 私たちは部屋の隅にしりぞいて、かしこまった。「それじゃ、はじめよう。」・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ In a word という小題で、世人、シェストフを贋物の一言で言い切り、構光利一を駑馬の二字で片づけ、懐疑説の矛盾をわずか数語でもって指摘し去り、ジッドの小説は二流也と一刀のもとに屠り、日本浪曼派は苦労知らずと蹴って落ちつき、はなは・・・ 太宰治 「もの思う葦」
出典:青空文庫