・・・ 参謀の言葉が通訳されると、彼等はやはり悪びれずに、早速赤裸になって見せた。「まだ腹巻をしているじゃないか? それをこっちへとって見せろ。」 通訳が腹巻を受けとる時、その白木綿に体温のあるのが、何だか不潔に感じられた。腹巻の中に・・・ 芥川竜之介 「将軍」
・・・雨戸に、その女を赤裸で鎹で打ったとな。……これこれ、まあ、聞きな。……真白な腹をずぶずぶと刺いて開いた……待ちな、あの木戸に立掛けた戸は、その雨戸かも知れないよ。」「う、う、う。」 小僧は息を引くのであった。「酷たらしい話をする・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・私が、曾て、ロシア人の話を聞いて、感奮した如く、もっとそれよりも、赤裸なる、悲痛な人生に直面して、限りない興奮を感じ、筆を剣にして戦わんとする、斯くの如き真実なる無産派の作家を私は、親愛の眼で眺めずにはいられないのであります。――十月十九日・・・ 小川未明 「自分を鞭打つ感激より」
・・・杖にしている木の枝には赤裸に皮を剥がれた蝮が縛りつけられている。食うのだ。彼らはまた朝早くから四里も五里も山の中の山葵沢へ出掛けて行く。楢や櫟を切り仆して椎茸のぼた木を作る。山葵や椎茸にはどんな水や空気や光線が必要か彼らよりよく知っているも・・・ 梶井基次郎 「温泉」
・・・これは毎夜の事でその日漁した松魚を割いて炙るのであるが、浜の闇を破って舞上がる焔の色は美しく、そのまわりに動く赤裸の人影を鮮やかに浮上がらせている。焔が靡く度にそれがゆらゆらと揺れて何となく凄い。孕の鼻の陰に泊っている帆前船の舷燈の青い光が・・・ 寺田寅彦 「嵐」
・・・自然は書卓の前で手をつかねて空中に絵を描いている人からは逃げ出して、自然のまん中へ赤裸で飛び込んで来る人にのみその神秘の扉を開いて見せるからである。 頭のいい人には恋ができない。恋は盲目である。科学者になるには自然を恋人としなければなら・・・ 寺田寅彦 「科学者とあたま」
・・・ 右舷に見える赤裸の連山はシナイに相違ない、左舷にはいくつともなくさまざまの島を見て通る。夕方には左にアフリカの連山が見えた。真に鋸の歯のようにとがり立った輪郭は恐ろしくも美しい。夕ばえの空は橙色から緑に、山々の峰は紫から朱にぼかされて・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・大きな太鼓や鐘があぜ道にすえられて赤裸の人形が力に任せてそれをたたく。 音が四方の山から反響し、家の戸障子にはげしい衝動を与える。空には火炎のような雲の峰が輝いている。朱を注いだような裸の皮膚には汗が水銀のように光っている。すべてがブラ・・・ 寺田寅彦 「田園雑感」
・・・芭蕉はもう一ぺん万葉の心に帰って赤裸で自然に対面し、恋をしかけた。そうして、自然と抱合し自然に没入した後に、再び自然を離れて静観し認識するだけの心の自由をもっていた。 芭蕉去って後の俳諧は狭隘な個性の反撥力によって四散した。洒落風からは・・・ 寺田寅彦 「俳諧の本質的概論」
・・・ 米国地理学会で出版されたペルーの空中写真帳を見るとあの広い国が至るところただ赤裸の岩山ばかりでできているのに驚く。地図を見ているだけではこんな事実は夢にも想像されない。地理書をいくら読んでも少なくもこれら写真の与える実感は味わわれまい・・・ 寺田寅彦 「ロプ・ノールその他」
出典:青空文庫