・・・私は赤面して、無能者の如く、ぼんやり立ったままである。一片の愛国の詩も書けぬ。なんにも書けぬ。ある日、思いを込めて吐いた言葉は、なんたるぶざま、「死のう! バンザイ。」ただ死んでみせるより他に、忠誠の方法を知らぬ私は、やはり田舎くさい馬鹿で・・・ 太宰治 「鴎」
・・・「君は、君の読者にかこまれても、赤面してはいけない。頬被りもよせ。この世の中に生きて行くためには。ところで、めくら草紙だが、晦渋ではあるけれども、一つの頂点、傑作の相貌を具えていた。君は、以後、讃辞を素直に受けとる修行をしなければいけな・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・佐伯は、ひどく赤面しながらも、口だけは達者である。「そんな事を言ってると、君の顔は、まるで、昔のさむらいみたいに見えるね。明治時代だ。古くさいな。」「士族のお生まれではないでしょうか。」熊本君は、また変な意見を、おずおず言い出した。・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ひとりでは、一流の道を歩こうと努めているわけである。だから毎日、要らない苦労を、たいへんしなければならぬわけである。自分でも、ばかばかしいと思うことがある。ひとりで赤面していることもある。 ちっとも流行しないが、自分では、相当のもののつ・・・ 太宰治 「作家の像」
・・・質問というものは、たいてい愚問にきまっているものだし、また、先輩の家へ押しかけて行って、先輩を狼狽赤面させるような賢明な鋭い質問をしてやろうと意気込んでいる奴は、それこそ本当の馬鹿か、気違いである。気障ったらしくて、見て居られないものである・・・ 太宰治 「散華」
・・・ 向うも赤面し、私も赤面し、まごついて、それから、とにかく握手した。 慶四郎君は、私と小学校が同クラスであった。相撲がクラスで二ばん目に強かった。一ばん強かったのは、忠五郎であった。時々、一位決定戦を挑み、クラスの者たちは手に汗を握・・・ 太宰治 「雀」
・・・招待を受けても、聞えぬふりして返事も出さず、ひそかに赤面し、小さくなって震えているのが、いまの私の状態に、正しく相応している作法であった。 自身の弱さが――うかうか出席と返事してしまった自身のだらし無さが、つくづく私に怨めしかった。悔い・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・たまたま紹介されると、それは新聞の三面記事のようなジャーナリズムの臭味の強烈なものであって、紹介された学者を赤面させるようなものである。 これと同じような傾向が日本の科学教育全般に行きわたっているのではないかと疑う。日本人が科学的頭脳に・・・ 寺田寅彦 「雑感」
・・・自分はすっかり赤面し恐縮してしまった。三十余年後の今日でもはっきりその時の事を覚えているくらい恥ずかしかったのである。先生もなかなか人の悪いところがあったという気がする。もっとも相手はやっと二十歳の子供であったのだから、ちょっとからかってみ・・・ 寺田寅彦 「田丸先生の追憶」
・・・行の風と記したるは、必ずしも其人が実際に婬醜の罪を犯したる其罪を咎むるのみに非ず、平生の言行野鄙にして礼儀上に忌む可きを知らず、動もすれば談笑の間にもあられぬ言葉を漏らして、当人よりも却て聞く者をして赤面せしむるが如き、都て不品行の敗徳とし・・・ 福沢諭吉 「新女大学」
出典:青空文庫