・・・ウイリイは、その朝早く起きて窓の外を見ますと、家の戸口のまん前に、昨日までそんなものは何にもなかったのに、いつのまにか、きれいな小さな家が出来ていました。ふた親もおどろいて出て見ました。上から下まできれいな彫り飾りがついたりしていて、ウイリ・・・ 鈴木三重吉 「黄金鳥」
・・・ 花は起きたり臥したりしてさざなみのように舷に音をたてました。しばらくすると二人はまた白い霧に包まれました上にほんとうの波の声さえ聞こえてきました。しかし霧の上では雲雀が高くさえずっていました。「どうして雲雀は海の上なんぞで鳴くんで・・・ 著:ストリンドベリアウグスト 訳:有島武郎 「真夏の夢」
・・・ キクちゃんは黙って起きた。 そうして、蝋燭に火が点ぜられた。私は、ほっとした。もうこれで今夜は、何事も仕出かさずにすむと思った。「どこへ置きましょう。」「燭台は高きに置け、とバイブルに在るから、高いところがいい。その本箱の・・・ 太宰治 「朝」
・・・母親がお前もうお起きよ、学校が遅くなるよと揺り起こす。かれの頭はいつか子供の時代に飛び返っている。裏の入江の船の船頭が禿頭を夕日にてかてかと光らせながら子供の一群に向かってどなっている。その子供の群れの中にかれもいた。 過去の面影と現在・・・ 田山花袋 「一兵卒」
・・・しかし今一つ例の七ルウブルの一ダズンの中の古襟のあったことを思い出したから、すぐに起きて、それを捜し出して、これも窓から外へ投げた。大きな帽子を被った両棲動物奴がうるさく附き纏って、おれの膝に腰を掛けて、「テクサメエトルを下さいな」なんと云・・・ 著:ディモフオシップ 訳:森鴎外 「襟」
・・・ 第十一回目のラウンドで、審判者はTKOの判定を下してベーアの勝利となったが、素人がこの映画を見ただけでは、どちらもまだ何度でも戦えそうに見え、最後に気絶して起きられなくなるようなところはこの映画では見られなかった。 とにかく体力と・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・店の女たちも起きだして、掃除をしていた。「独りで食べてうまいかね」「わたい三度の御飯は、どんなことがあっても欠かさずきちんきちん食べる方なの。御飯も三膳ずつに極めているの」 おひろは痩せた小さい体の割りには、声がりんりんして深み・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 息子は金がないのを詫びて、夫婦して、大事に善ニョムさんを寝かしたのだった……が、まだ六十七の善ニョムさんの身体は、寝ていることは起きて働いていることよりも、よけい苦痛だった。 寝ていると、眼は益々冴えてくるし、手や足の関節が、ボキ・・・ 徳永直 「麦の芽」
・・・僧が夜半に起きて鐘をつく習慣さえ、いつまで昔のままにつづくものであろう。 たまたま鐘の声を耳にする時、わたくしは何の理由もなく、むかしの人々と同じような心持で、鐘の声を聴く最後の一人ではないかというような心細い気がしてならない……。・・・ 永井荷風 「鐘の声」
・・・霜の白い朝彼は起きて屹度犬の箱を覗く。犬は小さいながら成長した。春らしい日の光が稀にはほっかり射すようになって麦がみずみずしい青さを催して来た頃犬は見違える程大きくなった。毛が赤いので赤と呼んだ。太十が出る時は赤は屹度附いて出る。附いて行く・・・ 長塚節 「太十と其犬」
出典:青空文庫