・・・――お前の妹は起き上がると、落付いて身仕度をした。何時もズロースなんかはいたことがないのに、押入れの奥まったところから、それも二枚取り出してきて、キチンと重ねてはいた。それから財布のなかを調べて懐に入れ、チリ紙とタオルを枕もとに置いた。そう・・・ 小林多喜二 「母たち」
・・・そして、その墓地から起き上がる時が、どうやら、自分のようなものにもやって来たかのように思われた。その時になって見ると、「父は父、子は子」でなく、「自分は自分、子供は子供ら」でもなく、ほんとうに「私たち」への道が見えはじめた。 夕日が二階・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・引っくり返されたが最後もう永久に起き上がる事ができないので乾干しになるそうである。猛獣の争闘のように血を流し肉を破らないから一見残酷でないようでありむしろ滑稽のようにも見えるが、実は最も残忍な決闘である。精神的にこれとよく似た果たし合いは人・・・ 寺田寅彦 「映画雑感(3[#「3」はローマ数字、1-13-23])」
・・・いつかベルリンで見た歌劇で幕があくとタンホイゼルが女神の膝を枕にして寝ている、そして Zu viel! zu viel! と歌いながら起き上がる時に咽喉がつかえて妙な声になりそうなので咳払いを一つして始末をつけたのを記憶している。専門家でさ・・・ 寺田寅彦 「電車と風呂」
・・・皆々思わず起き上がる。港口浅せたるためキールの砂利に触るゝなるべし。あまり気味よからねば半頁程の所読んではいたれど何がかいてあったかわからざりしも後にて可笑しかりける。船の進むにつれて最早気味悪き音はやんで動揺はようやく始まりて早や胸悪きを・・・ 寺田寅彦 「東上記」
出典:青空文庫