・・・お絹はそういうときの癖で、踊りの型のように、両手を袖口へ入れて組んでいたが、足取りにもどこかそういったやかさがあった。「ちょっと見てゆこうかね」道太は一度も入ったことのないその劇場が、どんな工合のものかと思って、入口へ寄って、場席の手入・・・ 徳田秋声 「挿話」
・・・ 五六軒ならんだ人家をよぎると又一寸の間小寂しい畑道で、漸くそこの竹籔の向うに、家の灯がかすかに光るのを見られる所まで来て、何となし少しせいた足取りで六七歩行くと、下駄の歯先に何か踏み返してあっと云う間もなく、ズシーン、いやと云うほど尻・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
・・・ 心はせかせかして足取りや姿は重く止めどなくあっちこっち歩き廻った、祖母もあんまりぞっとしない様な顔をしてだまって明るくない電気のまどろんだ様な光線をあびて眼をしばたたいて居た。「兄弟達にも可愛がられないで不運な子って云うのよ。・・・ 宮本百合子 「悲しめる心」
・・・福に生きたい、という希望があるならば、まだ咲かない幸福の希望という花の蕾があるならば、暖い日射しを当てて、美しく、立派に咲くように、非常に聰明に、実際的に、なんと申しますか、女のもっているしっかりした足取りで、日常生活と政治とをはっきり結び・・・ 宮本百合子 「幸福について」
・・・そういう人達はたくさんの召使の女の人にかしずかれて手取り足取りされて、自分の帯を結ぶことも髪をゆう必要もない生活をいたしましたけれども、人間らしさはそのように無視されてきたわけです。 ところが明治の日本になりましてから、いろいろの点で生・・・ 宮本百合子 「幸福の建設」
・・・に赴いた足取りの中にも十分窺えることであった。「文章読本」の流行が始まった。 芸への愛好を伴う現実批判の衰退は随筆の流行をも招来した。内田百間の「百鬼園随筆」を筆頭として諸家の随筆が売り出されたが、これは寧ろ当時の文学の衰弱的徴候として・・・ 宮本百合子 「昭和の十四年間」
一 或る日、ユーラスはいつもの通り楽しそうな足取りで、森から森へ、山から山へと、薄緑色の外袍を軽くなびかせながら、さまよっていました。銀色のサンダルを履き、愛嬌のある美くしい巻毛に月桂樹の葉飾りをつけた彼が、いかにも長閑な様・・・ 宮本百合子 「地は饒なり」
出典:青空文庫