・・・写生文家の人間に対する同情は叙述されたる人間と共に頑是なく煩悶し、無体に号泣し、直角に跳躍し、いっさんに狂奔する底の同情ではない。傍から見て気の毒の念に堪えぬ裏に微笑を包む同情である。冷刻ではない。世間と共にわめかないばかりである。 し・・・ 夏目漱石 「写生文」
・・・時に小禽、既に終日日光に浴し、歌唄跳躍して疲労をなし、唯唯甘美の睡眠中にあり。汝等飛躍してこれを握む。利爪深くその身に入り、諸の小禽、痛苦又声を発するなし。則ちこれを裂きて擅にたんじきす。或は沼田に至り、螺蛤を啄む。螺蛤軟泥中にあり、心柔に・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・を、過去の作品としてうしろへきつく蹴り去ることで、それを一つの跳躍台として、より急速な、うしろをふりかえることない前進をめざす状態だった。 一九三二年の春から、うちつづく検挙と投獄がはじまった。その期間に作者はしばしば一人の人間、女とし・・・ 宮本百合子 「あとがき(『二つの庭』)」
・・・なぜなら、横光利一の心理主義がそこにぶつかって跳躍台としている「マルクシズムという実証主義の精神」というものの実体も、現実を掘り下げてみれば、ぶつかっているのはマルクシズムよりも、より手前にある治安維持法の威嚇である。多くの人は、人間が野蛮・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第十巻)」
・・・次の瞬間もうそこにはないその瞬間の腕の曲線、頸の筋骨の隆起、跳躍の姿がとらえられる。だが、そのうちに、ダイナミックに自然法則はとらえられる。「風知草」はやわらかいクレパスで、暖かい色調の紅い線で描かれた人生の歴史的時機のクロッキーとも云える・・・ 宮本百合子 「解説(『風知草』)」
・・・以来ああいう跳躍の方向を試みていて、いく度か床に重く落っこちた揚句「空想家とシナリオ」であのようないかにもその人らしい跳躍旋回の線を描き出した。そして、この作者が自身のコムプレックスに対してもっている健全な判断は、それが二度とは貰うことの出・・・ 宮本百合子 「今日の文学の諸相」
・・・人間は植物とちがって、自分の意欲で、自分の社会的な分類の埒から跳躍する力をもっている点も、人間の文学のリアリズムの面白さ複雑さである。人間性への具体的な迫真の試みだけが、リアリズムを自然主義の匂いの中から歩み出させ、明日の文学へ新しい展開を・・・ 宮本百合子 「リアルな方法とは」
・・・大きい円い奴をふっ飛ばして一つの跳躍する球が人体集団をいかに制約するか、金を儲けて見物する。しゃれたチョッキで見事な馬にのって球のかっ飛しっこをする。――いろんな道具でいろんな工合に球をころがして遊んでるうちに英国人に地球までがあしらい切れ・・・ 宮本百合子 「ロンドン一九二九年」
・・・私は自分に浄化の熱欲と道徳的疳癪とがあるゆえをもって、自分のメフィストを跳躍させてよいものだろうか。それは自己と同胞とに対する愛の理想を傷つけはしないだろうか。私は彼らの弱所を気の済むまで解剖したところで、どれだけ自分の愛を進め得たろうか。・・・ 和辻哲郎 「転向」
出典:青空文庫