・・・しかし、踏み外して落ちたら落ちた時のこっちゃ。いっそのことその方が楽や、一思いに死ねたら極楽や思いましてん」 そんな風に心細いことを言っていたが、翌朝冬の物に添えて二百円やると、「これだけの元手があったら、今日び金儲けの道はなんぼで・・・ 織田作之助 「世相」
・・・コーギトー・エルゴー・スムといって、外に基体的なるものを考えた時、彼は既に否定的自覚の途を踏み外した、自覚的分析の方法の外に出たと思う。無論それはスピノザのいう如く一つの命題としてスム・コギタンスとしても、問題はこのスムになければならない。・・・ 西田幾多郎 「デカルト哲学について」
・・・おとなしそうなので安心はしていたが、時々絶壁に臨んだ時にはもしや狭い路を踏み外しはしまいかと胆を冷やさぬでもなかった。余はハンケチの中から茱萸を出しながらポツリポツリと食うている。見下せば千仭の絶壁鳥の音も聞こえず、足下に連なる山また山南濃・・・ 正岡子規 「くだもの」
出典:青空文庫