・・・環の脈を打って伸び且つ縮むに連れて、画工、ほとんど、無意識なるがごとく、片手また片足を異様に動かす。唄う声、いよいよ冴えて、次第に暗くなる。時に、樹の蔭より、顔黒く、嘴黒く、烏の頭して真黒なるマント様の衣を裾まで被りたる異体のもの一個顕・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・この燈籠寺に対して、辻町糸七の外套の袖から半間な面を出した昼間の提灯は、松風に颯と誘われて、いま二葉三葉散りかかる、折からの緋葉も灯れず、ぽかぽかと暖い磴の小草の日だまりに、あだ白けて、のびれば欠伸、縮むと、嚔をしそうで可笑しい。 辻町・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・母から反対に怒鳴つけられたら、どうしようなど思うと、母の剣幕が目先に浮んで来て、足は自と立縮む。「もしどうしても返さなかったら」の一念が起ろうとする時、自分は胸を圧つけられるような気がするのでその一念を打消し打消し歩いた。「大河とみ」の・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・との老先生の先夜の言葉を今更のように怪しゅう思って、彼は途々この一言を胸に幾度か繰返した、そして一念端なくもその夜の先生の怒罵に触れると急に足が縮むよう思った。 然し「呼びに来た」のである。不思議の力ありて彼を前より招き後より推し忽ち彼・・・ 国木田独歩 「富岡先生」
・・・稀にお前に笑われると、私は身が縮むように厭な気がしたものだ。唯、私はお前に忸れたかして、お前が側に居て呉れると、一番安心する。」斯う私が言うと、「貧」は笑って、「私に忸れてはいけない。もっと私を尊敬してほしい。よく私に清いという言葉をつ・・・ 島崎藤村 「三人の訪問者」
・・・伸びるのは縮まるためであり、縮むのは伸びるためである。伸びるのが目的でもなく縮むのが本性でもなく、伸びたり縮んだりするのが生きている心臓や肺の役目である。これが伸び切り、縮み切りになるときがわれわれの最後の日である。 弛緩の極限を表象す・・・ 寺田寅彦 「初冬の日記から」
・・・と癇の高い声を、肺の縮むほど絞り出すと、太い声が、草の下から、「おおおい」と応える。圭さんに違ない。 碌さんは胸まで来る薄をむやみに押し分けて、ずんずん声のする方に進んで行く。「おおおい」「おおおい。どこだ」「おおおい。・・・ 夏目漱石 「二百十日」
・・・雨になって直ぐ縮むような縮緬の服をつくるより、麻のワンピース、木綿の着物、雨が降っても大丈夫な長靴が欲しいし、そういう生活の役に立つ服装がすべての人に余り差別なく出来るようでありたいと思う。私たちが衣服についてもつ希望や要求はこんなに遠大な・・・ 宮本百合子 「衣服と婦人の生活」
・・・ 目で見る現在の景色と断れ断れな過去の印象のジグザグが、すーっとレンズが過去に向って縮むにつれ、由子の心の中で統一した。 * 由子はお千代ちゃんという友達を持っていた。由子の唯一の仲よしであった。由子が小・・・ 宮本百合子 「毛の指環」
出典:青空文庫