・・・去年はこの翡翠の色をした薔薇の虫と同種と思われるものが躑躅にまでも蔓延した。もっともつつじのは色が少し黒ずんでいて、つつじの葉によく似た色をしているのが不思議であった。 何とかしてこの害虫を絶滅する方法はないものだろうかと思うだけで、専・・・ 寺田寅彦 「蜂が団子をこしらえる話」
・・・而シテ園中桜樹躑躅最多ク、亦自ラ遊観行楽ノ一地タリ。祠前ノ通衢、八重垣町須賀町、是ヲ狭斜ノ叢トナス。此地ノ狭斜ハ天保以前嘗テ一タビ之ヲ開ク。未ダ幾クナラズシテ官新令ヲ下シ、命ジテ之ヲ徹シ去ル。安政中北里災ニ罹リ一時仮館ヲ此ニ設ク。明治ノ初年・・・ 永井荷風 「上野」
・・・花の咲かない躑躅の植込みの前にベンチがあり、彼等が行ったとき、そう若くない夫婦がかけていい心地そうに目前の眺望に向っていた。桃龍は、着物の裾を両方の脚に巻きつけるような工合にして暫く亭にかけていたが、やがて、「えろ仲よそうにしてはる、ち・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・烈しい力で地層を掻きむしられたように、平らな部分、土や草のあるところなど目の届く限り見えず、来た方を振りかえると、左右の丘陵の巓に、僅か数本の躑躅が遅い春の花をつけているばかりだ。森としている。硫黄の香が益々強い。 自然の圧迫を受け、黙・・・ 宮本百合子 「白い蚊帳」
・・・やはり緑色ペンキ塗の大きい部屋の鎧戸は閉り、中庭に咲き盛っている躑躅の強烈な赤い反射が何処となくちらついているようだ。私は、必要な場所場所を探険して、戻った。Yは、明治十七八年頃渡来したまま帰るのを忘れた宣教師の応接間のような部屋で、至極安・・・ 宮本百合子 「長崎の印象」
・・・五月で、躑躅が咲いていた。濃い紅の花が真新しい色の材木や庭石の馴染まないあらつちに照りかえした。石川からその朝になって事情をきかされた職人達は、「へえ、そいつはことだ」と驚いた。「あんな旦那がおふくろを追廻すなんて話みてえだな。・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・田舎住なま薪焚きてむせべども躑躅山吹花咲くさかり 和辻哲郎 「歌集『涌井』を読む」
出典:青空文庫