・・・しかし身の丈六尺五寸、体重三十七貫と言うのですから、太刀山にも負けない大男だったのです。いや、恐らくは太刀山も一籌を輸するくらいだったのでしょう。現に同じ宿の客の一人、――「な」の字さんと言う(これは国木田独歩の使った国粋的薬種問屋の若主人・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・ 人の身の丈よりも高い高粱は、無二無三に駈けてゆく馬に踏みしだかれて、波のように起伏する。それが右からも左からも、あるいは彼の辮髪を掃ったり、あるいは彼の軍服を叩いたり、あるいはまた彼の頸から流れている、どす黒い血を拭ったりした。が、彼・・・ 芥川竜之介 「首が落ちた話」
・・・ が、そのため息がまだ消えない内に、今度は彼の坐っている前へ、金の鎧を着下した、身の丈三丈もあろうという、厳かな神将が現れました。神将は手に三叉の戟を持っていましたが、いきなりその戟の切先を杜子春の胸もとへ向けながら、眼を嗔らせて叱りつ・・・ 芥川竜之介 「杜子春」
・・・ 檐下の黒いものは、身の丈三之助の約三倍、朦朧として頭の円い、袖の平たい、入道であった。 女房は身をしめて、キと唇を結んだのである。 時に身じろぎをしたと覚しく、彳んだ僧の姿は、張板の横へ揺れたが、ちょうど浜へ出るその二頭の猛獣・・・ 泉鏡花 「海異記」
・・・ 額の出た、頭の大きい、鼻のしゃくんだ、黄色い顔が、その長さ、大人の二倍、やがて一尺、飯櫃形の天窓にチョン髷を載せた、身の丈というほどのものはない。頤から爪先の生えたのが、金ぴかの上下を着た処は、アイ来た、と手品師が箱の中から拇指で摘み・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・戸石君は剣道三段で、そうして身の丈六尺に近い人である。私は、戸石君の大きすぎる図体に、ひそかに同情していたのである。兵隊へ行っても、合う服が無かったり、いろいろ目立って、からかわれ、人一倍の苦労をするのではあるまいかと心配していたのであった・・・ 太宰治 「散華」
・・・ああ、かの壇上の青黒き皮膚、痩狗そのままに、くちばし突出、身の丈ひょろひょろと六尺にちかき、かたち老いたる童子、実は、れいの高い高いの立葵の精は、この満場の拍手、叫喚の怒濤を、目に見、耳に聞き、この奇現象、すべて彼が道化役者そのままの、おか・・・ 太宰治 「二十世紀旗手」
・・・惜しいことには、諸氏ひとしく自らの身の丈よりも五寸ほどずつ恐縮していた。母を殴った人たちである。 四日目、私は遊説に出た。鉄格子と、金網と、それから、重い扉、開閉のたびごとに、がちん、がちん、と鍵の音。寝ずの番の看守、うろ、うろ。この人・・・ 太宰治 「HUMAN LOST」
・・・いう述懐をもらしたので私も真面目に、日本のリアリズムの深さなどを考え、要するに心境の問題なのだからね、と言い、それからまた二つ三つ意見を述べようと気構えた時、友人は笑い出して、ちがう、ちがう、ショオは身の丈七尺あるそうじゃないか、七尺の小説・・・ 太宰治 「服装に就いて」
・・・ ウィリアムは身の丈六尺一寸、痩せてはいるが満身の筋肉を骨格の上へたたき付けて出来上った様な男である。四年前の戦に甲も棄て、鎧も脱いで丸裸になって城壁の裏に仕掛けたる、カタパルトを彎いた事がある。戦が済んでからその有様を見ていた者がウィ・・・ 夏目漱石 「幻影の盾」
出典:青空文庫