・・・沢山酒ものむし、盆躍りは少し夢中になり過ぎるが、勇吉の身上の半分はもち論このおしまのかせぎで出来たのであった。 段々暮し向の工合はよくなり、夫婦で骨休めに温泉などへ出かけるようには成ったが、勇吉は子持たずであった。二人はそれをさびしいと・・・ 宮本百合子 「田舎風なヒューモレスク」
・・・ 幸福な境遇にあるものと、不幸な身上のものと、 よく斯うした友達同志は、はなれ易いものであると云うけれ共、不幸な人は幸福に暮す友からはなれられても幸福なものは不幸な友を見すてる事は出来るものではない。 よし見すてたとしても心をせ・・・ 宮本百合子 「M子」
・・・女将は、彼等に身上話をきかせ、その中で、十九年前仲居をしていたとき一人の男を世話され、間もなくその男の児と二人放られて今日まで血の涙の辛苦で一人立ちして来たと、賢女伝を創作した。「女ほど詰らんもんおへんな、ちょっとええ目させて貰たと思た・・・ 宮本百合子 「高台寺」
・・・土地を皆に分け取りにして、取った土地で稼げば稼いだだけ自分の身上を肥やしてゆけるようになるのだとカン違いしていた。社会化した土地の利用ということの代りに、今度は自分達が地主となって元の地主からとった土地を分け合えるものと、旧い私有財産制に毒・・・ 宮本百合子 「五ヵ年計画とソヴェトの芸術」
・・・ この頃新聞雑誌の上で、身上相談が大流行であるが、かつて私は非常にわれわれに多くのことを考えさせる一つの相談と解答とをある新聞の上でみたことがある。十八九の青年が投書しているのだが、自分は何とかして東京に出たい。村の生活は年寄たちが・・・ 宮本百合子 「今日の文化の諸問題」
・・・私は、この若い大工さん夫婦の姿に暖い優しい情愛を感じたのであったが、この実に万ガ一の好運にめぐりあった娘さんの身上は、更に何千人か飢えた田舎から東京に出ている娘さんの心に、どんなにか謂わば当のない期待を抱かせたであろうか、と思った。島田髷の・・・ 宮本百合子 「村からの娘」
・・・旅順は落ちると云う時期に、身上の有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。肝心の漁師の宰領は、為事は当ったが、金は大して儲けなかったのに、内では酒なら幾らでも売れると云う所へ持ち込んだのだか・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫