・・・いずれ、身勝手な――病のために、女の生肝を取ろうとするような殿様だもの……またものは、帰って、腹を割いた婦の死体をあらためる隙もなしに、やあ、血みどれになって、まだ動いていまする、とおのが手足を、ばたばたと遣りながら、お目通、庭前で斬られた・・・ 泉鏡花 「絵本の春」
・・・……いや、家内安全の祈祷は身勝手、御不沙汰の御機嫌うかがいにおまいりしながら、愚痴を云ってちゃ境内で相済まない。……さあ、そろそろ帰ろう。お蔦 ああ、ちょっと、待って下さいな。早瀬 何だ。お蔦 あの、私は巳年で、かねて、弁天様が・・・ 泉鏡花 「湯島の境内」
・・・そういうおとよさんははなはだ身勝手な女のように聞こえるけれど、人を統一する力あるものはまたその統一を破るようなことを必ずするものだ。 おとよさんの秘密に少しも気づかない省作は、今日は自分で自分がわからず、ただ自分は木偶の坊のように、おと・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・んでも意気で以て思合った交りをする位楽しみなことはない、そういうとお前達は直ぐとやれ旧道徳だの現代的でないのと云うが、今の世にえらいと云われてる人達には、意気で人と交わるというような事はないようだね、身勝手な了簡より外ない奴は大き面をしてい・・・ 伊藤左千夫 「姪子」
・・・不断は御無沙汰ばかりしているくせに、自分の用があると早速こうしてねえ、本当に何という身勝手でしょう」「まあこちらへお上んなさいよ、そこじゃ御挨拶も出来ませんから」「ええ、それじゃ御免なさいましよ、御遠慮なしに」とお光の後について座敷・・・ 小栗風葉 「深川女房」
・・・しかし、だんだん考えてみると、相手の身勝手に気がつき、ただこっちばかりが悪いのではないのが確信せられて来るのだが、いちど言い負けたくせに、またしつこく戦闘開始するのも陰惨だし、それに私には言い争いは殴り合いと同じくらいにいつまでも不快な憎し・・・ 太宰治 「桜桃」
・・・女性の露骨な身勝手があさましく、へんに弟が可哀そうになって、義憤をさえ感じた。「虫がよすぎる。ばかなやつだ。大ばかだ。なんだと思っていやがんだ。」男爵このごろ、こんなに立腹したことはなかった。怒鳴り散らしているうちに、身のたけ一尺のびたよう・・・ 太宰治 「花燭」
・・・死ぬるばかりの猛省と自嘲と恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一聯の作品に凝っていた。これが出来たならば。そいつは所詮、青くさい気取った感傷に過ぎなかったのかも知れない。けれども私は、その感傷に、命を懸けていた。私は書き上げた・・・ 太宰治 「十五年間」
・・・ちて雛をいたずらに驚愕せしめ、或いはむなしく海波の間に浮び漂うが如き結末になると等しく、これは畢竟、とどくも届かざるも問題でなく、その言葉もしくは花束を投じた当人の気がすめば、それでよろしいという甚だ身勝手なたくらみにすぎないようにも思われ・・・ 太宰治 「たずねびと」
・・・死ぬるばかりの猛省と自嘲と恐怖の中で、死にもせず私は、身勝手な、遺書と称する一聯の作品に凝っていた。これが出来たならば。そいつは所詮、青くさい気取った感傷に過ぎなかったのかも知れない。けれども私は、その感傷に、命を懸けていた。私は書き上げた・・・ 太宰治 「東京八景」
出典:青空文庫