・・・ 使 あの人は今身持ちだそうです。深草の少将の胤とかを、…… 小町 (憤然それをほんとうだと思ったのですか? 嘘ですよ。あなた! 少将は今でもあの人のところへ百夜通いをしているくらいですもの。少将の胤を宿すのはおろか、逢ったことさえ・・・ 芥川竜之介 「二人小町」
・・・女の局員たちの噂では、なんでも、宮城県のほうで戦災に遭って、無条件降伏直前に、この部落へひょっこりやって来た女で、あの旅館のおかみさんの遠い血筋のものだとか、そうして身持ちがよろしくないようで、まだ子供のくせに、なかなかの凄腕だとかいう事で・・・ 太宰治 「トカトントン」
・・・ 八「唐土にても墨張とて学問にあまり精を入れしゆえにつりし蚊帳が油煙にてまっ黒になりしという故事に引きくらべて文盲儒者の不性に身持ちをして人に誇るものあり。いかに学問するとても顔や手を洗うひまのなき事やはある。」(柳里恭・・・ 寺田寅彦 「人の言葉――自分の言葉」
・・・そのすべては娘のかたづいた先の夫の不身持ちから起こったのだといえばそれまでであるが、父母だって、娘の亭主を、業務上必要のつきあいから追い出してまで、娘の権利と幸福を庇護しようと試みるほどさばけない人たちではなかった。三 実を・・・ 夏目漱石 「手紙」
・・・風呂に入れといって、背の高くない、身持ちの、ほっぺたが赤い一人の保姆が車輪つき椅子をころがしこんで来た。日本女は体を動かすと同時に肝臓の痛みからボロボロ涙をこぼし、風呂には入れず、涙の間から身持ちの若い保姆の白衣のふくらがりをきつく印象され・・・ 宮本百合子 「子供・子供・子供のモスクワ」
・・・亭主がかえって来たので東京に来たが男から手紙が来てバレル、女身持ち。子を産む。その子と女、フイリッポフのところへあずける。女、男によび出されては子供をフイリッポフにあずけて出てゆく。フイリッポフ貧しい中から子供に粉ミルクをかってのませた。・・・ 宮本百合子 「一九二五年より一九二七年一月まで」
・・・ その晩は、仕事のために半徹夜をして、あくる朝目がさめると、私は後手で半幅帯をしめながら二階を下り、「――どうした? 電車――」と茶の間に顔を出した。「ああ、やった」 身持ちの弟嫁が縫物から丸顔をあげてすぐ答えた。「・・・ 宮本百合子 「電車の見えない電車通り」
・・・「私が、今年は足ろくさんに当って居る事から、とっさまの事から、はあ、すっかり当てやしてない、……お前さんは、まだまだ心が堅まんねえ、量見が定まんねえから、駄目だって云われやしたの お婆さんは、その身持ちの若松とかから来た若い女の「伺い」・・・ 宮本百合子 「麦畑」
・・・ 工場で女は十一時間、十二時間と働かされ、賃銀は一日三十五哥。身持ちになっても休めばクビであるから辛棒して働き、機械の前に倒れてそのまま赤字を生むことさえ珍しくなかった。物がわかると、獣のような生活から反抗するから、皇帝と資本家と地主と・・・ 宮本百合子 「ロシア革命は婦人を解放した」
出典:青空文庫