・・・と瞽女の坊の身振りをして、平生小六かしい顔をしている先生の意外な珍芸にアッと感服さしたというのはやはり昔し取った杵柄の若辰の物真似であったろう。「謹厳」が洋服を着たような満面苦渋の長谷川辰之助先生がこういう意表な隠し芸を持っていようとは学生・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ さらばじゃと、大袈裟な身振りを残すと、あっという間に佐助は駈けだして、その夜のうちに、鳥居峠の四里の山道を登って、やがて除夜の鐘の音も届かぬ山奥の洞窟の中に身を隠してしまった。 こうして、下界との一切の交通を絶ってしまった佐助・・・ 織田作之助 「猿飛佐助」
・・・催促の身振りが余って腰掛けている板の間をちょっとでもたたくと、お辰はすかさず、「人さまの家の板の間たたいて、あんた、それでよろしおまんのんか」と血相かえるのだった。「そこは家の神様が宿ったはるとこだっせ」 芝居のつもりだがそれでもやはり・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・それはなにか驚愕のような身振りに見えた。すると洋服を着た一人の男が人びとに頭を下げたのが見えた。石田はそこに起こったことが一人の人間の死を意味していることを直感した。彼の心は一時に鋭い衝撃をうけた。そして彼の眼が再び崖下の窓へ帰ったとき、そ・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・ その現に自分の乗っている煉瓦壁へ鶴嘴を揮っている労働者の姿を、折田は身振りをまぜて描き出した。「あと一と衝きというところまでは、その上にいて鶴嘴をあてている。それから安全なところへ移って一つぐわんとやるんだ。すると大きい奴がどどー・・・ 梶井基次郎 「冬の日」
・・・『敵を組み伏せた時、左でこう敵を押えて右でこうぬいて、』かれの身振りはさすがに勇ましかった、『こう突くのだ。』そしてかれは『あはははは』と笑った。すべてその挙動がいかにもそわそわしていた。 自分はかれこれと話して見たが、何一つ身にしみて・・・ 国木田独歩 「まぼろし」
・・・ 彼は、もう妻の身振りも、顔色も、眼も見る必要がないと思った。すべてが分ったような気がした。が、それを彼女に知らせず、何気ない風をよそうていようとした。そして、彼女の仕出かしたことに対してはなるだけ無関心でいようとした。けれども彼の神経・・・ 黒島伝治 「窃む女」
・・・でも、老人の眼つきと身振りとで、老人が、彼等の様子をさぐりにやってきたと疑っていることや、町に、今、日本兵がどれ位い駐屯しているか二人の口から訊こうとしていることが察しられた。こうしているうちにでも日本兵が山の上から押しかけて来るかもしれな・・・ 黒島伝治 「雪のシベリア」
・・・ 第一、俺は見覚えの盆踊りの身振りをしながら、時々独房の中で歌い出したものだ――独房よいとオこ、誰で――もオおいで、ドッコイショ………………附記 田口の話はまだ/\沢山ある。これはそのホンの一部だ。私は又別な・・・ 小林多喜二 「独房」
・・・彼女は思わず自分の揚げた両手がある発作的の身振りに変って行くことを感じた。弟達は物も言わずに顔を見合せていた。「これは少しおかしかったわい」 とおげんは自分に言って見て、熊吉の側に坐り直しながら、眩暈心地の通り過ぎるのを待った。金色・・・ 島崎藤村 「ある女の生涯」
出典:青空文庫