・・・蝉の鳴いている樹から、静かな星に至る迄、其処には、言葉に表わさない合図や、身振り、啜泣、吐息などほか、何もありません。 深い真昼時、船頭や漁夫は食事に行き、村人は昼寝をし、小鳥は鳴を鎮めて渡舟さえ動かず、いつも忙しい世界が、その働きをぴ・・・ 著:タゴールラビンドラナート 訳:宮本百合子 「唖娘スバー」
・・・けれども、それを、口に出して、はっきり言わなければ、ひとは、いや、おまえだって、私の鉄面皮の強さを過信して、あの男は、くるしいくるしい言ったって、ポオズだ、身振りだ、と、軽く見ている。」 かず枝は、なにか言いだしかけた。「いや、いい・・・ 太宰治 「姥捨」
・・・大げさな身振りでなくともよい。身振りは、小さいほどよい。花一輪に託して、自己のいつわらぬ感激と祈りとを述べるがよい。きっと在るのだ。全然新しいものが、そこに在るのだ。私は、誇りを以て言うが、それは、私の芸術家としての小さな勘でもって、わかっ・・・ 太宰治 「鴎」
・・・とおやじに聞えよがしに呟いて、自分で手洗いの水を両手で掬って来て、シャッシャと鉢にかける。身振りばかり大変で、鉢の木にかかる水はほんの二、三滴だ。ポケットから鋏を取り出して、チョンチョンと枝を剪って、枝ぶりをととのえる。出入りの植木屋かと思・・・ 太宰治 「禁酒の心」
・・・表面は、どうにか気取って正直の身振りを示しながらも、その底には卑屈な妥協の汚い虫が、うじゃうじゃ住んでいるのが自分にもよく判って、やりきれない作品であったのだ。それに、あの、甘ったれた、女の描写。わあと叫んで、そこらをくるくると走り狂いたい・・・ 太宰治 「乞食学生」
・・・ 掌を返すが如くその人を賞讃し、畏敬の身振りもいやらしく、ひそかに媚びてみつぎものを送ったり何かするのだ。堂々、袴をはいて出席し、大演説、などといきり立ってみるのだが、私は、駄目だ。人に迷惑を掛けている。善い作品を書いていない。みんな、ごま・・・ 太宰治 「善蔵を思う」
・・・の大きな写真版をひろげて、そればかりを見つめながら箸を動かしていたのであるが、図の中央に王子のような、すこやかな青春のキリストが全裸の姿で、下界の動乱の亡者たちに何かを投げつけるような、おおらかな身振りをしていて、若い小さい処女のままの清楚・・・ 太宰治 「俗天使」
・・・模様はどうか。身振りはどうか。顔の表情では、いけないか。眼の動きにのみたよるという法はどうか。採用可能の要素がないか。しらべて呉れ。 いけないか。一つ一つ入念にしらべてみたか。いや、いちいちその研究発表を、いま、ここで、せずともよい。い・・・ 太宰治 「多頭蛇哲学」
・・・ただ話が佳境に入って来ると多少の身振りを交じえる。両手を組合したり、要点を強めるために片腕をつき出したり、また指の端を唇に触れたりする。しかし身体は決して動かさない。折々彼の眼が妙な表情をして瞬く事がある。するとドイツ語の分らない人でも皆釣・・・ 寺田寅彦 「アインシュタイン」
・・・その後で立った人は、短い顔と多角的な顎骨とに精悍の気を溢らせて、身振り交じりに前の人の説を駁しているようであった。 たださえ耳の悪いのが、桟敷の不良な空気を吸って逆上して来たために、猶更聞こえが悪くなったのか、それとも云っている事が、よ・・・ 寺田寅彦 「議会の印象」
出典:青空文庫