・・・ 馬もびっくりしましたぁね、おどおどしながらはね起きて身構えをして斯うバキチに訊いたってんです。(誰バキチが横木の下の所で腹這いのまま云いました。(さあ、知らないよ、バキチだなんて。おれは一向と馬が云いました。」「馬がそう云ったんで・・・ 宮沢賢治 「バキチの仕事」
・・・鯨は口を大きくあけて身構えしました。ひとでや近所の魚は巻き添えを食っては大変だと泥の中にもぐり込んだり一もくさんに逃げたりしました。 その時向うから銀色の光がパッと射して小さな海蛇がやって来ます。くじらは非常に愕ろいたらしく急いで口を閉・・・ 宮沢賢治 「双子の星」
・・・と云ってその手をふりはらいましたが、実は、はじめから歌いたくて来たのですから、ことに楽隊の人たちが歌うなら伴奏しようというように身構えしたので、ミーロは顔いろがすっかり薔薇いろになってしまって眼もひかり息もせわしくなってしまいました。 ・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・ 戦争強行が進むにつれ、反動文学者たちはしだいに軍人や役人めいた身構えをとって、大規模に文学者を動員し、さまざまの形で軍事目的に使った。ともに従順でないもの、戦争の本質に洞察をもつ者、文学を文学として護ろうとする者を沈黙させ、投獄した。・・・ 宮本百合子 「歌声よ、おこれ」
・・・飾りなくいえばはっきり通俗であるものが、何となし只通俗ではないのだ、という様子ぶった身構えで登場していて、この三四年間の健全な文芸批評を失った読者の、半ば睡り、半ば醒めかかっている文学愛好心の上に君臨していると思われる。純文学の仕事をする作・・・ 宮本百合子 「おのずから低きに」
・・・それは、最近行われた「小林多喜二的身構え」という言句をめぐる論争の性格を検べて見てもよくわかる。小林多喜二は人民解放史と文学史との上にうけとられているというより、もっと生々しく、現代の心理のなかに生きている。不幸にして、その心理は、日本人民・・・ 宮本百合子 「小林多喜二の今日における意義」
・・・これらの作品の題材の特異性、特異性を活かすにふさわしい陰影の濃い粘りづよい執拗な筆致等は、主人公の良心の表現においても、当時の文壇的風潮をなしていた行為性、逆流の中に突立つ身構えへの憧憬、ニイチェ的な孤高、心理追求、ドストイェフスキー的なる・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・かかる精神状態は、文化を危険に導くものであると、ジイドは自身の結論の上に身構えて声を大にしているのである。『プラウダ』の社説という文章は、ジイドのこういう観察と結論とを、簡明に且つ猛烈に評している。九月初めにはソヴェト同盟にたいする無条・・・ 宮本百合子 「ジイドとそのソヴェト旅行記」
・・・なるものは、そうして見ると、動的なものではなくて、ある身構えによって輪廓づけられているところの日本的な虚無感の充実にすぎぬという結果が出て来るのである。身を深く海中に没し云々というくだり、自分に唄う子守唄のところ、そこに出ている久内の生活の・・・ 宮本百合子 「一九三四年度におけるブルジョア文学の動向」
・・・と佐渡が身構えをする。二艘の舟がかしいで、舷が水を笞った。 大夫は二人の船頭の顔を冷ややかに見較べた。「あわてるな。どっちも空手では還さぬ。お客さまがご窮屈でないように、お二人ずつ分けて進ぜる。賃銭はあとでつけた値段の割じゃ」こう言って・・・ 森鴎外 「山椒大夫」
出典:青空文庫