・・・ 無論、全部おれが身銭を切ってしてやったことで、なるほどあとでの返しはそれ相当に受け取りはしたが、当時はなにもそれを当てにしていたわけではない。簡単にいえば親切ずく、――あとで儲けを山分けなどというけちな根性からではさらになかった。・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・ちょうど二学期の試験のすぐ前であったが、忙しい中から同郷の友達等が入り代り見舞に来てくれ、みんな足しない身銭を切って菓子だの果物だのと持って来ては、医員に叱られるような大きな声で愉快な話をして慰めてくれた。あの時の事を今から考えてみると、あ・・・ 寺田寅彦 「枯菊の影」
・・・ 目の前に、金の事となると眼の色を変えてかかる義母の浅ましい様子を見るにつけ、田舎の、身銭を切っても孫達のためにする母方の祖母や、もう身につける事のない衣裳だの髪飾りなどをお君の着物にかえた母親が一層有難く慕わしかった。 上気して耳・・・ 宮本百合子 「栄蔵の死」
出典:青空文庫