・・・彼は赤い篝の火影に、古代の服装をした日本人たちが、互いに酒を酌み交しながら、車座をつくっているのを見た。そのまん中には女が一人、――日本ではまだ見た事のない、堂々とした体格の女が一人、大きな桶を伏せた上に、踊り狂っているのを見た。桶の後ろに・・・ 芥川竜之介 「神神の微笑」
・・・ 発行所の下の座敷には島木さん、平福さん、藤沢さん、高田さん、古今書院主人などが車座になって話していた。あの座敷は善く言えば蕭散としている。お茶うけの蜜柑も太だ小さい。僕は殊にこの蜜柑にアララギらしい親しみを感じた。 島木さんは大分・・・ 芥川竜之介 「島木赤彦氏」
・・・そのまわりには必ず二、三人の子供が騒ぎもしないできょとんと火を見つめながら車座にうずくまっていた。そういう小屋が、草を積み重ねたように離れ離れにわびしく立っていた。 農場の事務所に達するには、およそ一丁ほどの嶮しい赤土の坂を登らなければ・・・ 有島武郎 「親子」
・・・四人は車座になった。一人は気軽く若い者の机の上から湯呑茶碗を持って来た。もう一人の男の腹がけの中からは骰子が二つ取出された。 店の若い者が眼をさまして見ると、彼らは昂奮した声を押つぶしながら、無気になって勝負に耽っていた。若い者は一寸誘・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・ とみまわすと、ずらりと車座が残らず顔を見た時、燈の色が颯と白く、雪が降込んだように俊吉の目に映った。 二「ちょっと、失礼する。」 で、引返して行く女中のあとへついて、出しなに、真中の襖を閉める、と降積る・・・ 泉鏡花 「第二菎蒻本」
・・・ 花骨牌の車座の、輪に身を捲かるる、危さを感じながら、宗吉が我知らず面を赤めて、煎餅の袋を渡したのは、甘谷の手で。「おっと来た、めしあがれ。」 と一枚めくって合せながら、袋をお千さんの手に渡すと、これは少々疲れた風情で、なかまへ・・・ 泉鏡花 「売色鴨南蛮」
・・・草原に派手な色の着物を着た女が五六人車座にすわっていて、汽車のほうへハンカチをふったりした。やがて遠くにアルプス続きの連山の雪をいただいているのも見えだした。とある踏切の所では煉瓦を積んだ荷馬車が木戸のあくのを待っていた。車の上の男は赤ら顔・・・ 寺田寅彦 「旅日記から(明治四十二年)」
・・・大勢で車座に坐って茶碗でも石塊でも順々に手渡しして行く。雷の音が次第に急になって最後にドシーンと落雷したときに運拙くその廻送中の品を手に持っていた人が「罰」を受けて何かさせられるのである。 パリに滞在中下宿の人達がある夜集まって遊んでい・・・ 寺田寅彦 「追憶の冬夜」
・・・おおぜいが車座になってこの新しい同棲者の一挙一動を好奇心に満たされて環視しているのであった。猫に関する常識のない私にはすべてただ珍しい事ばかりであった。妻が抱き上げて顋の下や耳のまわりをかいてやると、胸のあたりで物の沸騰するような音を立てた・・・ 寺田寅彦 「ねずみと猫」
・・・揃いの水色の衣装に粗製の奴かつらを冠った伴奴の連中が車座にあぐらをかいてしきりに折詰をあさっている。巻煙草を吹かしているのもあれば、かつらを気にして何遍も抜いたり冠ったりしているのもある。 熱海行のバスが出るというので乗ってみることにし・・・ 寺田寅彦 「箱根熱海バス紀行」
出典:青空文庫