・・・』と、とぼんと法師の顔を見上げますと、法師は反って落ち着き払って、『昔、唐のある学者が眉の上に瘤が出来て、痒うてたまらなんだ事があるが、ある日一天俄に掻き曇って、雷雨車軸を流すがごとく降り注いだと見てあれば、たちまちその瘤がふっつと裂けて、・・・ 芥川竜之介 「竜」
・・・ 紫玉が、ただ沈んだ水底と思ったのは、天地を静めて、車軸を流す豪雨であった。―― 雨を得た市民が、白身に破法衣した女優の芸の徳に対する新たなる渇仰の光景が見せたい。大正九年一月・・・ 泉鏡花 「伯爵の釵」
・・・新郎新婦の、神々への宣誓が済んだころ、黒雲が空を覆い、ぽつりぽつり雨が降り出し、やがて車軸を流すような大雨となった。祝宴に列席していた村人たちは、何か不吉なものを感じたが、それでも、めいめい気持を引きたて、狭い家の中で、むんむん蒸し暑いのも・・・ 太宰治 「走れメロス」
・・・ ――むこうの軟床車の下で車軸が折れたんです。もうすこしでひっくりかえるところだった。 ブリッジへ出て両手でわきの棒へつかまり、のり出して後部を見わたしたら、深い雪の中へ焚火がはじまっている。長靴はいて緑色制帽をかぶった列車技師が、・・・ 宮本百合子 「新しきシベリアを横切る」
・・・戸外に雨は車軸をながし海から荒れ狂う風は鳴れど私の小さい六畳の中はそよりともせず。温室の窓のように若々しく汗をかいた硝子戸の此方にはほのかに満開の薫香をちらすナーシサス耳ざわりな人声は途絶えきおい高ま・・・ 宮本百合子 「海辺小曲(一九二三年二月――)」
出典:青空文庫