・・・もっともある場合には、――例えば授業を受ける時とか、兵隊になった時とか、また寄宿舎でも軍隊生活を主位におくとか――すべてそう云った場合には多少この高圧的手段は免かれますまい。しかし私はおもにあなたがたが一本立になって世間へ出た時の事を云って・・・ 夏目漱石 「私の個人主義」
・・・の第一頁を読むだけでも、独逸的軍隊教育の兵式体操を課されたやうで、身体中の骨節がギシギシと痛んで来る。カントは頭痛の種である。しかし一通り読んでしまへば、幾何学の公理と同じく判然明白に解つてしまふ。カントに宿題は残らない。然るにニイチェはど・・・ 萩原朔太郎 「ニイチェに就いての雑感」
・・・暗鬱な北国地方の、貧しい農家に生れて、教育もなく、奴隷のような環境に育った男は、軍隊において、彼の最大の名誉と自尊心とを培養された。軍律を厳守することでも、新兵を苛めることでも、田舎に帰って威張ることでも、すべてにおいて、原田重吉は模範的軍・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・ここらがどうも烏の軍隊の不規律なところです。 烏の大尉は、杜のすぐ近くまで行って、左に曲がりました。 そのとき烏の大監督が、「大砲撃てっ。」と号令しました。 艦隊は一斉に、があがあがあがあ、大砲をうちました。 大砲をうつとき・・・ 宮沢賢治 「烏の北斗七星」
・・・はっはっは、どうだ、もっともそれはおれのように勢力不滅の法則や熱力学第二則がわかるとあんまりおかしくもないがね、どうだ、ぼくの軍隊は規律がいいだろう。軍歌にもちゃんとそう云ってあるんだ。」 でんしんばしらは、みんなまっすぐを向いて、すま・・・ 宮沢賢治 「月夜のでんしんばしら」
・・・ソヴェト同盟の国境、朝鮮、満州をふくむ中華人民共和国、ビルマ、シャム、マライ、印度支那、フィリピン、とアジアの地図に描かれているどの国々をみても、こんどの戦争で日本の軍隊が侵略しなかった土地はありません。そしてそれらの国の果て果てで、平和な・・・ 宮本百合子 「新しいアジアのために」
・・・戦争中は少尉や中尉で、はためにいい気持そうに威張って何年も軍隊生活にいた人が、きょうは民主陣営の先頭に立って、同じように何の疑問もなく「おくれた大衆」という。それはどういう日本の特徴なのだろうかと思って。 進歩性の問題は、ツルゲーネフが・・・ 宮本百合子 「新しい抵抗について」
石田小介が少佐参謀になって小倉に着任したのは六月二十四日であった。 徳山と門司との間を交通している蒸汽船から上がったのが午前三時である。地方の軍隊は送迎がなかなか手厚いことを知っていたから、石田はその頃の通常礼装という・・・ 森鴎外 「鶏」
・・・なおその上に、彼はフランス本国から二十万人を、ライン同盟国から十四万七千人、伊太利から八万人を、波蘭とプロシャとオーストリアから十一万人、これに仏領各地から出さしめた軍隊を合せて七十万人に、加うるに予備隊を合して総数百十万余人の軍勢をドレス・・・ 横光利一 「ナポレオンと田虫」
・・・今やその民衆の力が、軍隊の主要部を形成するに至った。それが足軽である。だから彼は社会の崩壊を怖れたのである。 以上のごとく、応永、永享の精神から見れば、応仁以後の時代は下剋上の時代、秩序なき時代、社会崩壊の時代であった。この新しい時・・・ 和辻哲郎 「埋もれた日本」
出典:青空文庫