・・・ 遠藤はとうとうたまり兼ねて、火花の旋風に追われながら、転げるように外へ逃げ出しました。 三 その夜の十二時に近い時分、遠藤は独り婆さんの家の前にたたずみながら、二階の硝子窓に映る火影を口惜しそうに見つめていまし・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・令夫人は、駒下駄で圧えても転げるから、褄をすんなりと、白い足袋はだし、それでも、がさがさと針を揺り、歯を剥いて刎ねるから、憎らしい……と足袋もとって、雪を錬りものにしたような素足で、裳をしなやかに、毬栗を挟んでも、ただすんなりとして、露に褄・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ やがて豹吉が南海通の方へ大股で歩き出すと、次郎と三郎は転げるようにしてチョコチョコついて来た。 南海通の波屋書房の二、三軒先き、千日前通へ出る手前の、もと出雲屋のあったところに、ハナヤという喫茶店が出来ていた。 ハナヤはもと千・・・ 織田作之助 「夜光虫」
・・・むし熱い撮影室から転げるようにして出て、ほっと長大息した。とっぷり日が暮れて、星が鈍く光っている。「新やん。」うしろから、低くそう呼ばれて、ふりむくと、いままで髭の男のお給仕をしていて二十回以上も、まあ、とあきれていたあの小柄な令嬢の笑・・・ 太宰治 「花燭」
・・・わが名はレギオン、我ら多きが故なりなどと嘯いて、キリストに叱られ、あわてて二千匹の豚の群に乗りうつり転げる如く遁走し、崖から落ちて海に溺れたのも、こいつらである。だらしの無い奴である。どうも似ている。似ているようだ。サタンにお追従を言うとこ・・・ 太宰治 「誰」
・・・先生、先生は、月夜に立ちのぼる水の、不思議に蠱惑的な薫りを御存じでございますか、扁平な櫂に当って転げる水玉の、水晶を打つ繊細な妙音を御存じでございますか。―― けれども、自然は決して単調な議事ではございません。時には息もつまるような大暴・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
・・・と、間もなく、転げるような赤い笑顔が花の中から起って来た。 彼の横で寝ていた若い女の患者も笑い出した。「まア、あんなに嬉しそうに。」「ほんとにね。でも、もうあなたも、すぐあそこをお歩きになれますわ。」と隣りの痩せた婦人がいった。・・・ 横光利一 「花園の思想」
出典:青空文庫