・・・見ると或地方で小学校新築落成式を挙げし当日、廊の欄が倒れて四五十人の児童庭に顛落し重傷者二名、軽傷者三十名との珍事の報道である。「大変ですね。どうしたと言うんでしょう?」「だから私が言わんことじゃあない。その通りだ、安普請をするとそ・・・ 国木田独歩 「酒中日記」
・・・如何に多くのイデアリストの憧憬に満ちたる青年が、このことからたちまち壮年の世俗的リアリズムに転落したことであろうか。 かりに既婚者の男子が一人の美しき娘を見るのと、未婚者の男子がそうするのとでは、後者の方がはるかに憧憬に満ちたものである・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・喧嘩さいちゅうに誤って足をすべらし小川へ転落した場合のことを考慮したのであった。小川がまちじゅうを流れているのだから、あるいはそんな場合もあるであろう。さらし木綿の腹帯を更にぎゅっと強く巻きしめた。酒を多く腹へいれさせまいという用心からであ・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・ 映画が物を言うというノヴェルティに対する好奇心はほんのわずかの間に消え去ってしまうとともにあらゆる困難が続出して来て、映画芸術は高い山から谷底へ顛落した。そうしてその第一歩からもう一ぺん新しく踏み出さなければならないことになってしまっ・・・ 寺田寅彦 「映画芸術」
・・・そうして最も純潔な尼僧の生活から、一朝つまらぬ悪漢に欺かれて最も悲惨な暗黒の生涯に転落する、というような実験を、忠実に行なった作品があるとする。それを読む読者は、彼女の中に不変なエネルギーのようなあるものが、環境に応じて種々ちがった相を現わ・・・ 寺田寅彦 「科学と文学」
・・・震動の筋肉感や、耳に聞こゆる破壊的の音響や、眼に見える物体の動揺転落する光景などが最も直接なもので、これには不可抗的な自然の威力に対する本能的な畏怖が結合されている。これに附帯しては、地震の破壊作用の結果として生ずる災害の直接あるいは間接な・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・ 八十神が大穴牟遅の神を欺いて、赤猪だと言ってまっかに焼けた大石を山腹に転落させる話も、やはり火山から噴出された灼熱した大石塊が急斜面を転落する光景を連想させる。 大国主神が海岸に立って憂慮しておられたときに「海を光して依り来る神あ・・・ 寺田寅彦 「神話と地球物理学」
・・・彼の見事さというものは、謂わば危くも転落しそうに見える房飾つきの水盃を、百尺竿頭に保っている、その際どいかね合いで、拍手は、その緊張に対し、そのサスペンスの精力に対してなされた。 素朴な云い方をもってすれば、私は、石坂洋次郎氏や横光氏そ・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・ 被害者 犯罪に顛落する復員軍人が多いことについて、復員省は上奏文を出し「聖上深く御憂慮」という記事がある。亀山次官は「余りに冷酷な世間」と一般人民に責任がありそうな見出しの話しかたをしている。けれども、今日の・・・ 宮本百合子 「女の手帖」
・・・作品の世界のなかでいくつかの断崖をなしている観念の矛盾はおのずからくっきりと読者の目にも映じ、作者自身がよそめに明らかなその矛盾を知ろうとしないので、まるでそれが生きる自己目的であるかのようにあの崖を顛落したりこの崖をよじったりしつついる有・・・ 宮本百合子 「観念性と抒情性」
出典:青空文庫