・・・ 浅川の叔母の言葉には、軽い侮蔑を帯びた中に、反って親しそうな調子があった。三人きょうだいがある内でも、お律の腹を痛めないお絹が、一番叔母には気に入りらしい。それには賢造の先妻が、叔母の身内だと云う理由もある。――洋一は誰かに聞かされた・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・嵩は半紙の一しめくらいある、が、目かたは莫迦に軽い、何かと思ってあけて見ると、「朝日」の二十入りの空き箱に水を打ったらしい青草がつまり、それへ首筋の赤い蛍が何匹もすがっていたと言うことです。もっともそのまた「朝日」の空き箱には空気を通わせる・・・ 芥川竜之介 「温泉だより」
・・・彼は軽い捨て鉢な気分でその人たちにかまわず囲炉裡の横座にすわりこんだ。 内儀さんがランプを座敷に運んで行ったが、帰って来ると父からの言いつけを彼に伝えた。それは彼が小作人の一人一人を招いて、その口から監督に対する訴訟と、農場の規約に関す・・・ 有島武郎 「親子」
・・・仁右衛門の軽い気分にはその顔が如何にもおかしかったので、彼れは起き上りながら声を立てて笑おうとした。そして自分が馬力の上にいて自分の小屋の前に来ている事に気がついた。小屋の前には帳場も佐藤も組長の某もいた。それはこの小屋の前では見慣れない光・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・取り留めのなさは、ちぎれ雲が大空から影を落としたか、と視められ、ぬぺりとして、ふうわり軽い。全体が薄樺で、黄色い斑がむらむらして、流れのままに出たり、消えたり、結んだり、解けたり、どんよりと濁肉の、半ば、水なりに透き通るのは、是なん、別のも・・・ 泉鏡花 「海の使者」
・・・ 軽い手術だから医者は局部注射の必要もないと言ったが、夏目さんは強いてコカエン注射をしてもらった上に、いざ手術に取りかかると実に痛がる様子を見せたので、看護婦どもが笑ったそうである。そんなことを話してから夏目さんは「近頃、主人公の威厳を・・・ 内田魯庵 「温情の裕かな夏目さん」
・・・そして笑談のように、軽い、好い拳銃を買いたいと云った。それから段々話し込んで、に尾鰭を付けて、賭をしているのだから、拳銃の打方を教えてくれと頼んだ。そして店の主人と一しょに、裏の陰気な中庭へ出た。その時女は、背後から拳銃を持って付いて来る主・・・ 著:オイレンベルクヘルベルト 訳:森鴎外 「女の決闘」
・・・外国から、小さな軽い紙の箱がとどきました。「だれから、きたのでしょうね。」と、お母さまはいって、差出人の名まえをごらんなさったが、急に、晴れやかな、大きな声で、「のぶ子や、お姉さんからなのだよ。」といわれました。 そのとき、のぶ・・・ 小川未明 「青い花の香り」
・・・いつの間にか雨戸は明けはなたれていて、部屋のなかが急に軽い。山の朝の空気だ。それをがつがつと齧ると、ほんとうに胸が清々した。ほっとしたが、同時に夜が心配になりだした。夜になれば、また雨戸が閉って、あの重く濁った空気を一晩中吸わねばならぬのか・・・ 織田作之助 「秋深き」
・・・ 彼はその刹那に、非常な珍宝にでも接した時のように、軽い眩暈すら感じたのであった。 彼は手を附けたらば、手の汗でその快よい光りが曇り、すぐにも錆が附きやしないかと恐るるかのように、そうっと注意深く鑵を引出して、見惚れたように眺め廻した。・・・ 葛西善蔵 「子をつれて」
出典:青空文庫