・・・かくの如くして二葉亭の鉄槌は軽便安直なドグマや「あきらめ」やイグノランスを破壊すべく常に揮われたのである。十 二葉亭の風人品 誰やらが二葉亭を評して山本権兵衛を小説家にしたような男だといった。海軍問題以来山本伯の相場は大分下・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・ 小さい軽便が海の方からやって来る。 海からあがって来た風は軽便の煙を陸の方へ、その走る方へ吹きなびける。 見ていると煙のようではなくて、煙の形を逆に固定したまま玩具の汽車が走っているようである。 ササササと日が翳る。風景の・・・ 梶井基次郎 「城のある町にて」
・・・各地に旅行中の夜のわびしさをまぎらせるにはやはりいちばん活動が軽便であった、ブリュッセルの停車場近くで見た外科手術の映画で脳貧血を起こしかけたこともあった。それは象のように膨大した片腕を根元から切り落とすのであった。 帰朝後ただ一度浅草・・・ 寺田寅彦 「映画時代」
・・・これならば任意に長い記録を作る事も理論上可能なわけであるが、なんと言っても電気装置などを使わずに弾条と歯車だけで働くグラモフォンの軽便なのには及ばないわけである。 私の和製の蓄音機は二年ぐらい使った後に歯車の故障が起こって使用に堪えない・・・ 寺田寅彦 「蓄音機」
・・・その一つの可能性として考えられるものは、軽便で安価な「知識の即売」である。法医工文理農あらゆる学問の小売部を設けることである。 親類に民事上の訴訟問題でも起りかかった場合に、われわれはある具体的の法律上の知識の概要を得ておきたくなる。そ・・・ 寺田寅彦 「夏」
・・・つまりあまりに事柄が軽便すぎて事柄の重大さがなくなるのであろう。パチリと一つスウィッチを入れさえすれば、日比谷公会堂の演奏、歌舞伎座の演技が聞かれるからである。昔の山の手の住民が浅草の芝居を見に行くために前夜から徹夜で支度して夜のうちに出か・・・ 寺田寅彦 「ラジオ雑感」
・・・山崎洋服店の裁縫師でもなく、天賞堂の店員でもないわれわれが、銀座界隈の鳥瞰図を楽もうとすれば、この天下堂の梯子段を上るのが一番軽便な手段である。茲まで高く上って見ると、東京の市街も下にいて見るほどに汚らしくはない。十月頃の晴れた空の下に一望・・・ 永井荷風 「銀座」
・・・枳の実で閉塞した鼻孔を穿ったということは其当時では思いつきの軽便な方法であった。果物のうちで不恰好なものといったら凡そ其骨のような枳の如きものはあるまい。其枳の為に救われたということで最初から彼の普通でないことが示されて居るといってもいい。・・・ 長塚節 「太十と其犬」
・・・中味を棄てて輪廓だけを畳み込むのは、天保銭を脊負う代りに紙幣を懐にすると同じく小さな人間として軽便だからである。 この意味においてイズムは会社の決算報告に比較すべきものである。更に生徒の学年成績に匹敵すべきものである。僅一行の数字の裏面・・・ 夏目漱石 「イズムの功過」
・・・古来江戸の中津藩邸に住居する藩士も中津に移住し、かつこの時には天下多事にして、藩地の士族も頻りに都会の地に往来してその風俗に慣れ、その物品を携えて帰り、中津へ移住する江戸の定府藩士は妻子と共に大都会の軽便流を田舎藩地の中心に排列するの勢なれ・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
出典:青空文庫