・・・そしてまた実際において、そういう中川べりに遊行したり寝転んだりして魚を釣ったり、魚の来ぬ時は拙な歌の一句半句でも釣り得てから帰って、美しい甘い軽微の疲労から誘われる淡い清らな夢に入ることが、翌朝のすがすがしい眼覚めといきいきした力とになるこ・・・ 幸田露伴 「蘆声」
・・・詳しく言えば、風邪の症状を軽微なる程度において不断に享楽している。無理をしたくても出来ないという有難い状況に常住しているのである。そのために、あらゆる義理を欠き、あらゆる御無沙汰をして、寒さを逃げ廻っては、こそこそと一番大事なと思う仕事だけ・・・ 寺田寅彦 「変った話」
・・・それが無意識な軽微の慢性的郷愁と混合して一種特別な眠けとなって額をおさえつけるのであった。この眠けを追い払うためには実際この一杯のコーヒーが自分にはむしろはなはだ必要であったのである。三時か四時ごろのカフェーにはまだ吸血鬼の粉黛の香もなく森・・・ 寺田寅彦 「コーヒー哲学序説」
・・・他人の軽微な苦痛を己が享楽の小杯に盛ろうとする不思議な心理がいかなる善良な人々の心の奧にも潜在することを教えてくれたようである。それから、冒険というものに対する本能的な興味の最初の小さな焔に点火してくれたとも考えられる。 この頃活動写真・・・ 寺田寅彦 「重兵衛さんの一家」
・・・ いつか自分の手指の爪の発育が目立って悪くなり不整になって、たとえば左の無名指の爪が矢筈形に延びたりするので、どうもおかしいと思っていたら、そのころから胃潰瘍にかかって絶えず軽微な内出血があるのを少しも知らずにいたのであった。 有機・・・ 寺田寅彦 「破片」
・・・能く能く考えて見ると人というものは、平時においては軽微の程度におけるローマンチシズムの主張者で、或者を批評したり要求するに自己の力以上のものを以てしている。 一体人間の心は自分以上のものを、渇仰する根本的の要求を持っている、今日よりは明・・・ 夏目漱石 「教育と文芸」
出典:青空文庫