・・・ところが日本では昔から法科万能で、実務上には学者を疎んじ読書人を軽侮し、議論をしたり文章を書いたり読書に親んだりするとさも働きのない低能者であるかのように軽蔑されあるいは敬遠される。二葉亭ばかりが志を得られなかったのではない。パデレフスキー・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・私は自分が悪文家であるからでもあろうが、夙くから文章を軽蔑する極端なる非文章論を主張し、かつて紅葉から文壇の野獣視されて、君の文章論は狼の遠吠だと罵られた事があるくらい、文章上のアナーキストであったから、文章論では二葉亭とも度々衝突して、内・・・ 内田魯庵 「二葉亭余談」
・・・記念祭の日、赤い褌をしめて裸体で踊っている寄宿生の群れを見て、軽蔑のあまり涙が落ちた。どいつもこいつも無邪気さを装って観衆の拍手を必要としているのだ。けれども、そう思う豹一にももともとそれが必要だったのだ。記念祭の夜応援団の者に撲られたこと・・・ 織田作之助 「雨」
・・・金銭にかけると抜目がなくちゃっかりしていると、軽蔑しているのである。辻という姓だから、あの男は十にしんにゅうをかけたような男だと、極言するひとさえいる位だ。 それはひどいと私はそんな噂を聴いた時思った。しかし、彼の仕事振りを見ていると、・・・ 織田作之助 「鬼」
・・・彼はしきりにこうした気持を煽りたてて出かけて行ったのだが、舅には、今さら彼を眼前に引据えて罵倒する張合も出ないのであった。軽蔑と冷嘲の微笑を浮べて黙って彼の新生活の計画というものを聴いていたが、結局、「それでは仕度をさせて一両日中に遣ること・・・ 葛西善蔵 「贋物」
・・・しかしそれは吉田の思い過ぎで、それはそのお婆さんが聾で人に手真似をしてもらわないと話が通じず、しかも自分は鼻のつぶれた声で物を言うのでいっそう人に軽蔑的な印象を与えるからで、それは多少人びとには軽蔑されてはいても、おもしろ半分にでも手真似で・・・ 梶井基次郎 「のんきな患者」
・・・彼より享くる所の静と、美と、高の感化は、世の毒舌、妄断、嘲罵、軽蔑をしてわれらを犯さしめず、われらの楽しき信仰を擾るなからしむるを知ればなり。 かるが故に、月光をして汝の逍遙を照らしめよ、霧深き山谷の風をしてほしいままに汝を吹かしめよ。・・・ 国木田独歩 「小春」
・・・を賤民の旗じるしとして軽蔑している。がそれにもかかわらず、社会的、政治的の実行上の目標は結局この旗じるしの下に動いて来ていることは争われない。種々の社会政策、社会慈善事業、公共施設、社会改革運動等は大むねこの目標の下に行なわれている。常識的・・・ 倉田百三 「学生と教養」
・・・すでに女を知ってしまった中年のリアリストの恋愛など学生は軽蔑してあわれんでおればいい。それは多くは醜悪なものであり、最もいい場合でも、すでに青春を失ってしまったところの、エスプリなき情事にすぎないからだ。 二 倫理的憧憬と恋・・・ 倉田百三 「学生と生活」
・・・兵卒で、取調べを受ける場合に立つと、それが如何にも軽蔑さるべき、けがらわしいことのように取扱われた。不品行を誇張された。三等症のように見下げられた。ポケットから二三枚の二ツに折った葉書と共に、写真を引っぱり出した時、伍長は、「この写真を・・・ 黒島伝治 「穴」
出典:青空文庫