・・・オイ軽蔑めえぜ、馬鹿なものを買ったのも詮じつめりゃあ、相場をするのと差はねえのだ、当らねえには極まらねえわサ。もうこうなっちゃあ智慧も何も、有ったところで役に立たねえ、有体に白状すりゃこんなもんだ。 女房は眉を皺めながら、「それもそ・・・ 幸田露伴 「貧乏」
・・・性質はまじめな、たいへん厳格で律儀なものをさえ、どこかに隠し持っていましたが、それでも趣味として、むかしフランスに流行したとかいう粋紳士風、または鬼面毒笑風を信奉している様子らしく、むやみやたらに人を軽蔑し、孤高を装って居りました。長兄は、・・・ 太宰治 「兄たち」
・・・ (Skt.)garh は非難するほうだが軽蔑して笑うほうにもなりうるのである。これも g+r である。そう言えば「愚弄」もやはり g+r だから妙である。「べらぼう」も引き合いに出たが、これについて手近なものは (Skt.)pra・・・ 寺田寅彦 「言葉の不思議」
・・・第一に林はこんにゃく売りを軽蔑するどころか、却って尊敬しているので、もうどんな意地悪共が、手を叩いてはやしたって、私はヘイチャラである。「ハワイって、外国かい?」 一緒に歩きながら、私達はよくハワイの話をした。林のお父さんも、お母さ・・・ 徳永直 「こんにゃく売り」
・・・と婆さんは大軽蔑の口調で余の疑を否定する。「同じ事で御座いますよ。婆やなどは犬の遠吠でよく分ります。論より証拠これは何かあるなと思うとはずれた事が御座いませんもの」「そうかい」「年寄の云う事は馬鹿に出来ません」「そりゃ無論馬鹿に・・・ 夏目漱石 「琴のそら音」
・・・まるを知らず、俗世界はいぜんとして卑く、教育法はますます高く、学校はあたかも塵俗外の仙境にして、この境内に閉居就学すること幾年なれば、その年月の長きほどにますます人間世界の事を忘却して、ひそかにこれを軽蔑するがゆえに、浮世の人もまた学者とと・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・それに気が附かないで独悟ったつもりになって後輩を軽蔑して居ると思わぬ不覚を取る事がないとも限らぬ。現にその選句を見ても時として極めて幼稚なる句あるいは時として月並調に近い句でさえも取ってある事がある。今少し進歩的研究的の精神が必要である。・・・ 正岡子規 「病牀苦語」
・・・その蒼白い頬に浮かんでいる軽蔑を、陽子は苦しいほど感じて見ることがあった。…… 紅茶を運んで来た岡本の後姿が見えなくなると男たちは声を揃えて、「ワッハッハ」と笑い出した。さすがに今度は、「およしなさい」 ふき子にきつく窘・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・誰からも尊敬されているような人物よりも、誰からも軽蔑されている人物の方が正確に人をよく見ていることの多いのも、露骨に人はそのものの前で自分をだましてしまうからにちがいない。このようなところから考えても、ドストエフスキイが伯爵であるトルストイ・・・ 横光利一 「作家の生活」
・・・教育者の権威に煩わされなくなった時代には儕輩の愛校心を嘲り学問研究の熱心を軽蔑した。そうして道徳と名のつくものを蔑視することに異常な興味を覚えた。宗教は予を制圧する権威でなかったがゆえに好んで近づいたが、しかし何らかの権威を感じなければなら・・・ 和辻哲郎 「『偶像再興』序言」
出典:青空文庫