・・・――仏説に転生輪廻と云う事がある。だから貉の魂も、もとは人間の魂だったかも知れない。もしそうだとすれば、人間のする事は、貉もする。月夜に歌を唄うくらいな事は、別に不思議でない。…… それ以来、この村では、貉の唄を聞いたと云う者が、何人も・・・ 芥川竜之介 「貉」
・・・ 東京に自分の青春なぞあると思ったのは、間ちがいだったと、私は東京の心理主義文化に歪められた自分の青春を抱いて、三勝半七のお園のように、「お気に入らぬと知りながら、未練な私が輪廻ゆゑ、そひ臥しは叶はずとも、お傍に居たいと辛抱して、是まで・・・ 織田作之助 「東京文壇に与う」
・・・「……お気に入らぬと知りながら、未練な私が輪廻ゆえ、そい臥しは叶わずとも、お傍に居たいと辛抱して、これまで居たのがお身の仇……」とこっちから後を続けてこましたろかという気持で、階下へ降りた。柳吉の足音は家の前で止った。もう語りもせず、気兼ね・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・口寄せ、梓神子は古い我邦の神おろしの術が仏教の輪廻説と混じて変形したものらしい。これは明治まで存し、今でも辺鄙には密に存するかも知れぬが、営業的なものである。但しこれには「げほう」が連絡している。忍術というのは明治になっては魔法妖術という意・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・ウェーゲナーの大陸漂移説や、最近ジョリーの提出した、放射能性物質の熱によって地質学的輪廻変化を説明する仮説のごときも、あながち単なる科学的ロマンスとして捨つべきものでないと思われる。今回地震の起因のごときも、これを前記の定説や仮説に照らして・・・ 寺田寅彦 「地震雑感」
・・・ 三番目「仇討輪廻」では、多血質、胆汁質、神経質とでも言うか、とにかく性格のちがう三人兄弟の対仇討観らしいものが見られる。これなどももうひと息どうにかすると相当おもしろく見られそうな気がしたが、現在のままではどうにもただあわただしく筋書・・・ 寺田寅彦 「自由画稿」
・・・ こうした輪廻の道程がもう一歩進んで墮落と廃頽の極に達し俳句が再び「宗匠」と「床屋」の占有物となる時代が来ると、そこではじめて次の輪廻の第一歩が始まるのではないかという気もする。その前にはどうしても一度行きつくところまで行く必要があるで・・・ 寺田寅彦 「明治三十二年頃」
・・・これを輪廻といい、流転という。悪より悪へとめぐることじゃ。継起して遂に竟ることなしと云うがそれじゃ。いつまでたっても終りにならぬ、どこどこまでも悪因悪果、悪果によって新に悪因をつくる。な。斯うじゃ、浮む瀬とてもあるまいじゃ。昼は則ち日光を懼・・・ 宮沢賢治 「二十六夜」
・・・その森田氏は長篇「輪廻」をかきました。これも自然主義的なリアリズムの手法であり、部落の人々のゆがめられる人間性を主題としていたと思います。 いま作品の名をおもい出せませんが赤穂義士の仇討に対してそれを唯封建的な忠義の行為と見ず、浪士たち・・・ 宮本百合子 「心から送る拍手」
・・・ 棄てられた女は、さんざん苦しんだあげく、だんだん霊の不滅、輪廻転生の教えを美しいものと信じるようになり、霊交術にまで熱中しだす。そして、ギリシア神話のように、死んだ男は早ざきのつぼみを持つ紅梅に生れかわっているという幻をえがき、「心を・・・ 宮本百合子 「文芸時評」
出典:青空文庫