・・・鰌とりのかんてらが、裏の田圃に毎夜八つ九つ出歩くこの頃、蚕は二眠が起きる、農事は日を追うて忙しくなる。 お千代が心ある計らいによって、おとよは一日つぶさに省作に逢うて、将来の方向につき相談を遂ぐる事になった。それはもちろんお千代の夫も承・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・森さんは太郎より七八歳ほども年長な友だちで、太郎が四年の農事見習いから新築の家の工事まで、ほとんどいっさいの世話をしてくれたのもこの人だ。 郷里に帰るものの習いで、私は村の人たちや子供たちの物見高い目を避けたかった。今だに古い駅路のなご・・・ 島崎藤村 「嵐」
・・・僕は国語と修身は農事試験場へ行った工藤さんから譲られてあるから残りは九冊だけだ。四月五日 日南万丁目へ屋根換えの手伝え(にやられた。なかなかひどかった。屋根の上にのぼっていたら南の方に学校が長々と横わっているように見えた・・・ 宮沢賢治 「或る農学生の日誌」
・・・そして私はその三年目、仕事の都合でとうとうモリーオの市を去るようになり、わたくしはそれから大学の副手にもなりましたし農事試験場の技手もしました。そして昨日この友だちのない、にぎやかながら荒さんだトキーオの市のはげしい輪転機の音のとなりの室で・・・ 宮沢賢治 「ポラーノの広場」
・・・東北の農業の振わないのは、農事の困難なため、都会へ都会へと皆の気が向いて居る故でも有ろうと思われる。西国の農民は富んで良い結果をあげて居る。農作に気候が適して居るので、農事に興味があって、自分が農民である事に、満足して、自分の土地以外に移っ・・・ 宮本百合子 「農村」
・・・彼は銅色の足に礼をしたと同じ心持ちで、黒くすすけた農家の土間や農事の手伝いで日にやけた善良な農家の主婦たちに礼をしました。彼が親しみを感ずることができなかったのは、こういう村でもすでに見いだすことのできる曖昧宿で、夜の仕事のために昼寝をして・・・ 和辻哲郎 「土下座」
出典:青空文庫