・・・……それに、かような山家辺鄙で、一向お口に合いますものもございませんで。」「とんでもないこと。」「つきまして、……ただいま、女どもまでおっしゃりつけでございましたが、鶫を、貴方様、何か鍋でめしあがりたいというお言で、いかようにいたし・・・ 泉鏡花 「眉かくしの霊」
・・・になっているところ一体に桑が仕付けてあるその遥に下の方の低いところで、いずれも十三四という女の児が、さすがに辺鄙でも媚き立つ年頃だけに紅いものや青いものが遠くからも見え渡る扮装をして、小籃を片手に、節こそ鄙びてはおれど清らかな高い徹る声で、・・・ 幸田露伴 「雁坂越」
・・・これは明治まで存し、今でも辺鄙には密に存するかも知れぬが、営業的なものである。但しこれには「げほう」が連絡している。忍術というのは明治になっては魔法妖術という意味に用いられたが、これは戦乱の世に敵状を知るべく潜入密偵するの術で、少しは印を結・・・ 幸田露伴 「魔法修行者」
・・・そういう場合に、突然にどこからか現われて来て新生面を打開するような対象が、往々それまではほとんど物理学の圏外か、少なくも辺鄙な片すみにあって存在を忘れられていたような場合であることもあえて珍しくはないのである。たとえば昔ある僧侶の学者が顕微・・・ 寺田寅彦 「物理学圏外の物理的現象」
・・・ 今になって、誰一人この辺鄙な小石川の高台にもかつては一般の住民が踊の名人坂東美津江のいた事を土地の誇となしまた寄席で曲弾をしたため家元から破門された三味線の名人常磐津金蔵が同じく小石川の人であった事を尽きない語草にしたような時代のあっ・・・ 永井荷風 「伝通院」
・・・世相の急変は啻に繁華な町のみではなく、この辺鄙にあってもまた免れないのである。わたくしは最初の印象を記憶するためにこの記をつくった。時に昭和九年杪冬の十二月十五日である。 元八幡宮のことは『江戸名所図会』、『葛西志』、及び風俗画報『東京・・・ 永井荷風 「元八まん」
・・・ほよど辺鄙な所にあるのだからでしょう。けれどもたとい繁華な所にいたって、そう始終家を引ッ張ッてッて貰わなければならぬという人はない。しかるにそれを専門に商売にしている者があるから、東京は広いと思ったのです。馬琴の小説には耳の垢取り長官とか云・・・ 夏目漱石 「道楽と職業」
・・・そこでこれから南の方にあたる倫敦の町外れ――町外れと云っても倫敦は広い、どこまで広がるか分らない――その町外れだからよほど辺鄙な処だ。そこに恰好な小奇麗な新宅があるので、そこへ引越そうという相談だ。或日亭主と神さんが出て行って我輩と妹が差し・・・ 夏目漱石 「倫敦消息」
・・・宗祖その人の人格について見ても、かの日蓮上人が意気冲天、他宗を罵倒し、北条氏を目して、小島の主らが云々と壮語せしに比べて、吉水一門の奇禍に連り北国の隅に流されながら、もし我配所に赴かずんば何によりてか辺鄙の群類を化せんといって、法を見て人を・・・ 西田幾多郎 「愚禿親鸞」
・・・こんな辺鄙な山の中に、こんな立派な都会が存在しようとは、容易に信じられないほどであった。 私は幻燈を見るような思いをしながら、次第に町の方へ近付いて行った。そしてとうとう、自分でその幻燈の中へ這入って行った。私は町の或る狭い横丁から、胎・・・ 萩原朔太郎 「猫町」
出典:青空文庫