・・・自分は迂闊を恥じながら、「電燈をつければ好いのに」と云った。「大丈夫だよ。手探りでも」自分はかまわずに電燈をつけた。細帯一つになった母は無器用に金槌を使っていた。その姿は何だか家庭に見るには、余りにみすぼらしい気のするものだった。氷も水に洗・・・ 芥川竜之介 「子供の病気」
・・・健二は自分の迂闊さを口惜しがった。 同じ村から来ている二三の連中が、暫らくして、狐につまゝれたように、間の抜けた顔をして這入って来た。「おい、お主等、このまゝおとなしく引き上げるつもりかい! 馬鹿々々しい!」村に妻と子供とを置いてあ・・・ 黒島伝治 「豚群」
・・・こうなると迂闊に小品文や随筆など書くのはつつしまなければならないという気がしたのであった。 ある時はまたやはり「花物語」の一節にある幼児のことを、それが著者のどの子供であるかという質問をよこした先生があった。その時はあまり立入った質問だ・・・ 寺田寅彦 「随筆難」
・・・これはおそらく自分のような迂闊なものに限った事ではなく、始めにあげたようないわゆる善良にしてまじめな大多数の日本国民について同様に当てはまる事ではあるまいか。 もしそうだとすれば、内国におけるいわゆる重要な出来事を十日ないし一月おくれて・・・ 寺田寅彦 「一つの思考実験」
・・・力なしと言う其原因は様々なれども、女子が家に在るとき父母の教その宜しきを得ず、文字遊芸などは稽古させても経済の事をば教えもせず、言い聞かせもせず、態と知らせぬように育てたる其報は、女子をして家の経済に迂闊ならしめ、生涯夢中の不幸に陥れたるも・・・ 福沢諭吉 「女大学評論」
・・・かつ数学を知らざる者は、その学識を実用に施すときにあたりて、議論つねに迂闊なり。第五、窮理学 窮理学とて、理窟ばかり論じ、押えどころなき学問にはあらず。物の性と物の働を知るの趣意なり。日月星辰の運転、風雨雪霜の変化、火の熱き・・・ 福沢諭吉 「学校の説」
・・・これを概するに、上士の風は正雅にして迂闊、下士の風は俚賤にして活溌なる者というべし。その風俗を異にするの証は、言語のなまりまでも相同じからざるものあり。今、旧中津藩地士農商の言語なまりの一、二を示すこと左のごとし。 上・・・ 福沢諭吉 「旧藩情」
・・・ 従来、本塾出身の学士が、善く人事に処して迂闊ならずとのことは、つねに世に称せらるるところなれども、吾々はなおこれに安んずるを得ず。よって本月初旬より、内外の社員教員相ともに談じたることもあれば、自今都合次第にしたがい、教場また教則に少・・・ 福沢諭吉 「慶応義塾学生諸氏に告ぐ」
・・・ 儒者にかぎらず、洋学者流も、この辺の事情については、はなはだ粗漏迂闊の罪をまぬかれ難し。小学の教則に、さまざま高上なる課目をのせ、技芸も頂上に達して、画学、音楽、唱歌、体操等を教授せんとする者あるが如し。田舎の百姓の子に体操とは何事ぞ・・・ 福沢諭吉 「小学教育の事」
・・・ますますその迂闊なるを見るべきのみ。 されば今の世の子弟が不遜軽躁なることもあらば、その不遜軽躁は天下の大教場たる公議輿論をもって教えたるものなれば、この教場の組織を変革するに非ざれば、その弊を矯るによしなし。而してその変革に着手せんと・・・ 福沢諭吉 「徳育如何」
出典:青空文庫