・・・考えて見れば一行は、故郷の熊本を後にしてから、ちょうどこれで旅の空に四度目の夏を迎えるのであった。 彼等はまず京橋界隈の旅籠に宿を定めると、翌日からすぐに例のごとく、敵の所在を窺い始めた。するとそろそろ秋が立つ頃になって、やはり松平家の・・・ 芥川竜之介 「或敵打の話」
・・・彼は宿命を迎えるように、まっ直に歩みをつづけて行った。二人は見る見る接近した。十歩、五歩、三歩、――お嬢さんは今目の前に立った。保吉は頭を擡げたまま、まともにお嬢さんの顔を眺めた。お嬢さんもじっと彼の顔へ落着いた目を注いでいる。二人は顔を見・・・ 芥川竜之介 「お時儀」
・・・どこまでも真ともに敵を迎える正道の芸でございまする。わたくしはもう二三年致せば、多門はとうてい数馬の上達に及ぶまいとさえ思って居りました。………」「その数馬をなぜ負かしたのじゃ?」「さあ、そこでございまする。わたくしは確かに多門より・・・ 芥川竜之介 「三右衛門の罪」
・・・ とまた店口へ取って返して、女房は立迎える。「じゃ、御免なさい。」「どうぞこちらへ。」と、大きな声を出して、満面の笑顔を見せた平吉は、茶の室を越した見通しの奥へ、台所から駈込んで、幅の広い前垂で、濡れた手をぐいと拭きつつ、「・・・ 泉鏡花 「国貞えがく」
・・・ 意外な満蔵の話に人々興がり一斉に笑いをもって満蔵の話を迎える。「省作さんにおごらねけりゃなんねい事があるたアこりゃおもしれい。満蔵君早く話したまえ。省作さんもおごるならまたそのように用意が入るから」 政さんに促されて満蔵は重い・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・手許に、いくらかの金がなくては、医者を迎えることもできない。どんなに近い処でも、医者は俥に乗って来る。その俥代を払はなければならず、そして、薬をもらいに行けば薬代は払って来なければならぬ。 私は、その金がないばかりに、ある夜友達の許へ訪・・・ 小川未明 「貧乏線に終始して」
・・・妹が聟養子を迎えると聴いたくらいでやけになる柳吉が、腹立たしいというより、むしろ可哀想で、蝶子の折檻は痴情めいた。隙を見て柳吉は、ヒーヒー声を立てて階下へ降り、逃げまわったあげく、便所の中へ隠れてしまった。さすがにそこまでは追わなかった。階・・・ 織田作之助 「夫婦善哉」
・・・ ウエイトレスの顔は彼らを迎える大仰な表情でにわかに生き生きし出した。そしてきゃっきゃっと笑いながら何か喋り合っていたが、彼女の使う言葉はある自由さを持った西洋人の日本語で、それを彼女が喋るとき青年達を給仕していたときとはまるでちがった・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
・・・と夫が優しく答えたことなどは、いつの日にも無いことではあったが、それでも夫は神経が敏くて、受けこたえにまめで、誰に対っても自然と愛想好く、日々家へ帰って来る時立迎えると、こちらでもあちらを見る、あちらでもこちらを見る、イヤ、何も互にワザ・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・ そのうちに、私は末子をもその宿屋に迎えるようになった。私は額に汗する思いで、末子を迎えた。「二人育てるも、三人育てるも、世話する身には同じことだ。」 と、私も考え直した。長いこと親戚のほうに預けてあった娘が学齢に達するほど成人・・・ 島崎藤村 「嵐」
出典:青空文庫