・・・デカダンスの作家ときめられたからとて、慌てて時代の風潮に迎合するというのも、思えば醜体だ。不良少年はお前だと言われるともはやますます不良になって、何だいと尻を捲くるのがせめてもの自尊心だ。闇に葬るなら葬れと、私は破れかぶれの気持で書き続けて・・・ 織田作之助 「世相」
・・・春というものの華やかさと楽しさとは、二人に迎合して遊ばせてくれた。轡を並べて遠乗をして、美しい谷間から、遥にアルピイの青い山を望んだこともある。 町に育って芝居者になったドリスがためには、何もかも目新しい。その知らない事を言って聞せるの・・・ 著:ダビットヤーコプ・ユリウス 訳:森鴎外 「世界漫遊」
・・・それからまた鹿狩りの場に現われた貴族的なスポーツ風景は国粋主義の紳士淑女を喜ばすものであり、シャトーにおける生活の空虚と痴愚を露骨に風刺する多数の画面は卑近な民衆イデオロギーに迎合するものであろう。その中で比較的成効しているのは、サヴィニャ・・・ 寺田寅彦 「音楽的映画としての「ラヴ・ミ・トゥナイト」」
・・・ただそれがQの冷罵とペルゴレシの音楽とのすぐ後に出くわしたばかりに、偶然自分の子供らしいイーゴチズムに迎合したのかもしれない。 しかし私が彼の帰って行く後姿を見た時に突然閃いた感傷的な心持の中には、後から考えるとかなり色々なものが含まれ・・・ 寺田寅彦 「小さな出来事」
・・・また阿諛迎合の必要を認めない。してみるといわゆる文明社界に生息している人間ほど平等的なるものはなく、また個人的なるものはない。すでに平等的である以上は圏を画して圏内圏外の別を説く必要はない。英国の二大政党のごときは単に採決に便宜なる約束的の・・・ 夏目漱石 「文壇の趨勢」
・・・ナチスは、ドイツ人だけが人類の中で繁栄すべき民族だと主張して、見識のせまい、偏見にみちた保守勢力に迎合した。そして、民族的偏見に火をつけて、自分らの政権を維持する便法にした。ナチスの他民族排撃の野蛮さは人類史の最大の汚辱といえる。ナチスは、・・・ 宮本百合子 「世界の寡婦」
・・・大衆の要求に沿うた内容ということは、いずれの場合でも決して、現代の民衆生活の一番低い部分の水準に迎合して、そこ迄引き下げ止めておくということではない。ましてや、日常生活から生じる疑問を特定の傾向の中へそらして流して行くことでは決してないので・・・ 宮本百合子 「「ラジオ黄金時代」の底潮」
・・・若い連中にはどうしても時勢に流され、流行に感染する傾向があったが、漱石は決してそれに迎合しようとはせず、また流行するものに対して常に反感を持つというわけでもなく、自分の体験に即して、よいものはよいもの、よくないものはよくないものとはっきり自・・・ 和辻哲郎 「漱石の人物」
出典:青空文庫