・・・この辺りには近来なかったような暴風が吹き、波が荒れ狂ったのであります。そしてその暗い、すさまじい夜が明け放れたときには、二人の姿は、もはやその岬の上には見えなかったのであります。町の人々はその日もその翌日も、かの乞食二人の姿を見なかったので・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・べり』と衝突なされ候ことこれまた貞夫よりの事と思えばおかしく候、『おしゃべり』と申せば皆様すぐと小生の事に思し召され候わば大違いに候、妻のことに候、あの言葉少なき女が貞夫でき候て以来急に口数多く相成り近来はますますはげしく候、そしてそのおし・・・ 国木田独歩 「初孫」
・・・自分も西国に人となって少年の時学生として初めて東京に上ってから十年になるが、かかる落葉林の美を解するに至ったのは近来のことで、それも左の文章がおおいに自分を教えたのである。「秋九月中旬というころ、一日自分が樺の林の中に座していたこと・・・ 国木田独歩 「武蔵野」
・・・と云った。近来大に進歩して、細君はこの提議をしたのである。ところが、「なぜサ。」と善良な夫は反問の言外に明らかにそんなことはせずとよいと否定してしまった。是非も無い、簡素な晩食は平常の通りに済まされたが、主人の様子は平常の通りで・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・等の翻訳、其から色色の作を見まして漸く文壇の為に働かるる事の多くなって来たのを感じて居りました中、突として逝去の報に接したのは何だか夢のように思えてなりません。近来の事は私が申さいでもいいから態と申しません。ただ同君の前期の仕事に抑々亦少か・・・ 幸田露伴 「言語体の文章と浮雲」
・・・こういう家庭のありさまでしたから、近来私の一家族の中に、学校へ行くのに眼が覚めぬなどというもののあるのを聞くと、思わず知らず可笑しく思う位です。 学校へゆくほど面白いことは無いと思って居たため、小学校へ通って居る間一日も欠席したことは無・・・ 幸田露伴 「少年時代」
・・・昔は、これに依って所謂浩然之気を養ったものだそうであるが、今は、ただ精神をあさはかにするばかりである。近来私は酒を憎むこと極度である。いやしくも、なすあるところの人物は、今日此際、断じて酒杯を粉砕すべきである。 日頃酒を好む者、いかにそ・・・ 太宰治 「禁酒の心」
拝啓。暑中の御見舞いを兼ね、いささか老生日頃の愚衷など可申述候。老生すこしく思うところ有之、近来ふたたび茶道の稽古にふけり居り候。ふたたび、とは、唐突にしていかにも虚飾の言の如く思召し、れいの御賢明の苦笑など漏し給わんと察・・・ 太宰治 「不審庵」
・・・ 以上は単なるスペキュレーションに過ぎないが近来ますます盛んになった分子物理学上の諸問題と連関して種々興味ある研究題目を暗示する点において多少の意味があろうと思うので本誌の余白を借りて思いついたままをしるした次第である。 金属と油と・・・ 寺田寅彦 「鐘に釁る」
・・・ 自分は近来は煙草で癇癪をまぎらす必要を感じるような事は稀であるが、しかしこの頃煙草の有難味を今更につくづく感じるのは、自分があまり興味のない何々会議といったような物々しい席上で憂鬱になってしまった時である。他の人達が天下国家の一大事で・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫