・・・しかし兄に僕の近況を報ずるとなると、まずこんなことを報ずるよりほかに事件らしい事件を持ち合わさない僕のことだから、兄の方で忍耐してそれを読むほかに策はあるまい。 僕の言ったことに対してとにかく親切な批評を与えたのは堺氏と片山氏とだった。・・・ 有島武郎 「片信」
・・・そのつぎにおのれの近況のそれも些々たる茶飯事を告げる。昨日わが窓より外を眺めていたら、たくさんの烏が一羽の鳶とたたかい、まことに勇壮であったとか、一昨日、墨堤を散歩し奇妙な草花を見つけた、花弁は朝顔に似て小さく豌豆に似て大きくいろ赤きに似て・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・大垣の商人らしき五十ばかりの男頻りに大垣の近況を語り関が原の戦を説く。あたりようやく薄暗く工夫体の男甲走りたる声張り上げて歌い出せば商人の娘堪えかねてキヽと笑う。長良川木曽川いつの間にか越えて清洲と云うに、この次は名古屋よと身支度する間に電・・・ 寺田寅彦 「東上記」
・・・熊本の近況から漱石師の噂になって昔話も出た。師は学生の頃は至って寡言な温順な人で学校なども至って欠席が少なかったが子規は俳句分類に取りかかってから欠席ばかりしていたそうだ。師と子規と親密になったのは知り合ってから四年もたって後であったが懇意・・・ 寺田寅彦 「根岸庵を訪う記」
・・・ 家の者のいろいろの近況を申しましょう。スエ子はこの十九日頃職業がきまるか駄目になるかの境で、気を張って居ります。どうもあやしいらしい。慶応を出た人で、編集事ムをやっている人のスイセンしている者があるので。 江井は御承知のとおり永年・・・ 宮本百合子 「獄中への手紙」
出典:青空文庫