・・・と、気味悪そうに返事をすると、匆々行きそうにするのです。「まあ、待ってくれ。そうしてその婆さんは、何を商売にしているんだ?」「占い者です。が、この近所の噂じゃ、何でも魔法さえ使うそうです。まあ、命が大事だったら、あの婆さんの所なぞへ・・・ 芥川竜之介 「アグニの神」
・・・ 今度は彼れの返事も待たずに長顔の男の方を向いて、「帳場さんにも川森から話いたはずじゃがの。主がの血筋を岩田が跡に入れてもらいたいいうてな」 また彼れの方を向いて、「そうじゃろがの」 それに違いなかった。しかし彼れはその・・・ 有島武郎 「カインの末裔」
・・・不機嫌な返事をして、神経の興奮を隠そうとしている。さて黒の上衣を着る。髯を綺麗に剃った顋の所の人と違っている顔が殊更に引き立って見える。食堂へ出て来る。 奥さんは遠慮らしく夫の顔を一寸見て、すぐに横を向いて、珈琲の支度が忙しいというよう・・・ 著:アルチバシェッフミハイル・ペトローヴィチ 訳:森鴎外 「罪人」
・・・馬鹿は卑しい、卑褻な詞で返事をした。 レリヤは、「此処は厭な処だから、もう帰りましょうね」と犬に向かっていって、後ろも見ずに引き返した。 レリヤは皆と別荘を離れて停車場にいって、初めてクサカに暇乞をしなかったことを思い出した。 ・・・ 著:アンドレーエフレオニード・ニコラーエヴィチ 訳:森鴎外 「犬」
・・・ と女中は思入たっぷりの取次を、ちっとも先方気が着かずで、つい通りの返事をされたもどかしさに、声で威して甲走る。 吃驚して、ひょいと顔を上げると、横合から硝子窓へ照々と当る日が、片頬へかっと射したので、ぱちぱちと瞬いた。「そんな・・・ 泉鏡花 「縁結び」
・・・省作はちょっと息つまって返辞ができないうちに、声かすかに、「お湯がぬるくありませんか」「ええ」「少し燃しましょう」 おとよさんは風呂の前へしゃがんで火を起こす。火がぱっと燃えると、おとよさんの結い立ての銀杏返しが、てらてらす・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・不断も加賀染の模様のいいのなんか着せていろいろ身ぎれいにしてやるので誰云うともなく美人問屋と云ってその娘を見ようと前に立つ人はたえた事がない、丁度年頃なのであっちこっちからのぞみに母親もこの返事に迷惑して申しのべし、「手前よろしければかねて・・・ 著:井原西鶴 訳:宮本百合子 「元禄時代小説第一巻「本朝二十不孝」ぬきほ(言文一致訳)」
・・・や芸者屋に披露して引き幕を贈ってもらわなければならないとか、披露にまわる衣服にこれこれかかるとか、かの女も寝ころびながら、いろいろの注文をならべていたが、僕は、その時になれば、どうとも工面してやるがと返事をして、まず二、三日考えさせることに・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・ 折返して直ぐ返事を出し、それから五、六日して或る夕刻、再び花園町を訪問した。すると生憎運動に出られたというので、仕方がなしに門を出ようとすると、入れ違いに門を入ろうとして帰り掛ける私を見て、垣に寄添って躊躇している着流しの二人連れがあ・・・ 内田魯庵 「鴎外博士の追憶」
・・・と、少年は、男に注意をしたけれど、男は黙っていました。返事をするのも物憂かったようすであります。また、石ころ一つくらいどうでもいいと思っているようにも見えました。少年は、坂の上まで押してやりました。しかし、男は下り坂にかかると礼もいわずに、・・・ 小川未明 「石をのせた車」
出典:青空文庫