・・・一つは娘の返答が、はかばかしくなかったせいもあるのでございましょう。そこで、娘は、折を計って、相手の寝息を窺いながら、そっと入口まで這って行って、戸を細目にあけて見ました。外にも、いい案配に、人のけはいはございませぬ。――「ここでそのま・・・ 芥川竜之介 「運」
・・・ 吉井の返答もてきぱきしていた。「その後終列車まで汽車はないですね。」「ありません。上りも、下りも。」「いや、難有う。帰ったら里見君に、よろしく云ってくれ給え。」 陳は麦藁帽の庇へ手をやると、吉井が鳥打帽を脱ぐのには眼も・・・ 芥川竜之介 「影」
・・・ と、谷へ返答だまを打込みながら、鼻から煙を吹上げる。「煙草銭ぐらい心得るよ、煙草銭を。だからここまで下りて来て、草生の中を連戻してくれないか。またこの荒墓……」 と云いかけて、「その何だ。……上の寺の人だと、悪いんだが、ま・・・ 泉鏡花 「燈明之巻」
・・・「よけいな返答をこくわ」 つけつけと小言を言わるれば口答えをするものの、省作も母の苦心を知らないほど愚かではない。省作が気ままをすれば、それだけ母は家のものたちの手前をかねて心配するのである。慈愛のこもった母の小言には、省作もずるを・・・ 伊藤左千夫 「隣の嫁」
・・・しかしそれをそうと打っつけに母にも言えないから、母に問い詰められてうまく返答ができない。口下手な省作にはもちろん間に合わせことばは出ないから、黙ってしまった。母も省作のおちつかぬはおとよゆえと承知はしているが、わざとその点を避けて遠攻めをや・・・ 伊藤左千夫 「春の潮」
・・・と、命令するようにいって、くもは、ろくろく花の返答も気かずに、細い糸で葉と葉との間や、茎と茎との間に網を張りはじめました。 花にとってこのくもの巣が、どんなに、かや、はえのくることより迷惑であるかしれなかったのです。 花は、この厚顔・・・ 小川未明 「くもと草」
・・・けれど、その船からはなんの返答もありませんでした。「あれはあたりまえの船と違うようだ。きっと幽霊船であるかもしれない。」といったものもありました。そして幽霊船というものは見るものでないといって、町の人々はだんだん家の方へ帰りました。・・・ 小川未明 「黒い旗物語」
・・・ 好きでもないのに好いてると思われるのは癪で、豹一は返答に困った。しかし、嫌いだというのは打ち壊しだ。そう思ったので、「『好き』や」 好きという字にカッコをつけた気持で答えた。それで、紀代子ははじめて豹一を好きになる気持を自分に・・・ 織田作之助 「雨」
・・・いや、正倉院を見学しろと彼は返答するであろう。日本の芸術では結局美術だけが見るべきものであり、小説を美術品の如く観賞するという態度が生れるのも無理はない。奈良に住むと、小説が書けなくなるというのも、造型美術品から受ける何ともいいようのない単・・・ 織田作之助 「可能性の文学」
・・・ その青年の顔は相手の顔をじっと見詰めて返答を待っていた。「僕がそんなマニヤのことを言う以上僕にも多かれ少なかれそんな知識があると思っていいでしょう」 その青年の顔にはわずかばかりの不快の影が通り過ぎたが、そう答えて彼はまた平気・・・ 梶井基次郎 「ある崖上の感情」
出典:青空文庫