・・・「御病人の方は、少しも御心配には及ばないとか申して居りました。追っていろいろ詳しい事は、その中に書いてありますそうで――」 叔母はその封書を開く前に、まず度の強そうな眼鏡をかけた。封筒の中には手紙のほかにも、半紙に一の字を引いたのが・・・ 芥川竜之介 「お律と子等と」
・・・まして読者はただ、古い新聞の記事を読むように、漫然と行を追って、読み下してさえくれれば、よいのである。 ――――――――――――――――――――――――― かれこれ七八年も前にもなろうか。丁度三月の下旬で、もうそ・・・ 芥川竜之介 「西郷隆盛」
・・・「すると明治二十七年の冬、世間は日清戦争の噂に湧き返っている時でしたが、やはり十六日の説教日に、和尚が庫裡から帰って来ると、品の好い三十四五の女が、しとやかに後を追って来ました。庫裡には釜をかけた囲炉裡の側に、勇之助が蜜柑を剥いている。・・・ 芥川竜之介 「捨児」
・・・ 真偽のほどは知らないが、おなじ城下を東へ寄った隣国へ越る山の尾根の談義所村というのに、富樫があとを追って、つくり山伏の一行に杯を勧めた時、武蔵坊が鳴るは滝の水、日は照れども絶えずと、謡ったと伝うる(鳴小さな滝の名所があるのに対して、こ・・・ 泉鏡花 「瓜の涙」
・・・姉娘があとを追って遁げて来て――料理屋の方は、もっとも継母だと聞きましたが――帰れ、と云うのを、男が離さない。女も情を立てて帰らないから、両方とも、親から勘当になったんですね、親類義絶――つまるところ。 一枚、畚褌の上へ引張らせると、脊・・・ 泉鏡花 「木の子説法」
・・・ と背後から、蔽われかかって、小児の目には小山のごとく追って来る。「御免なさい。」「きゃっ!」 その時に限っては、杢若の耳が且つ動くと言う――嘘を吐け。 三 海、また湖へ、信心の投網を颯と打って、・・・ 泉鏡花 「茸の舞姫」
・・・ こういうことを考えながら、僕もまたその無神経者――不実者――を追って、里見亭の前へ来た。いつも不景気な家だが、相変らずひッそりしている。いそうにもない。しかしまたこッそり乳くり合っているのかも知れないと思えば、急に僕の血は逆上して、あ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・とにかく二十八年間同じ精力を持続し、少しもタルミなく日程を追って最初の立案を(多少の変更あるいは寄道設計通りに完成終結したというは余り聞かない――というよりは古今に例のない芸術的労作であろう。無論、芸術というは蟻が塔を積むように長い歳月を重・・・ 内田魯庵 「八犬伝談余」
・・・命のあらん限り悶えから悶えへと一生悶えを追って悶え抜くのが二葉亭である。『浮雲』の文三が二葉亭の性格の一部のパーソニフィケーションであるのは二葉亭自身から聴いていた。煩悶の内容こそ違え、二葉亭はあの文三と同じように疑いから疑いへ、苦みから苦・・・ 内田魯庵 「二葉亭追録」
・・・そして、犬の後を追って門のところまで出てきてみますと、もはや犬が外をもふり向かずに三郎についてあっちへゆきかけますので、中にも一人の子供は、しくしく声をたって泣き出しました。「君、その犬をつれていってはいけない。」と、その中の一人が・・・ 小川未明 「少年の日の悲哀」
出典:青空文庫