・・・水はどんどん退き、オリザの株は見る見る根もとまで出て来ました。すっかり赤い斑ができて焼けたようになっています。「さあおれの所ではもうオリザ刈りをやるぞ。」 主人は笑いながら言って、それからブドリといっしょに、片っぱしからオリザの株を・・・ 宮沢賢治 「グスコーブドリの伝記」
・・・けれども水が退きますと、もとのきれいな、白い河原があらわれました。その河原のところどころには、蘆やがまなどの岸に生えた、ほそ長い沼のようなものがありました。 それは昔の川の流れたあとで、洪水のたびにいくらか形も変るのでしたが、すっかり無・・・ 宮沢賢治 「毒もみのすきな署長さん」
・・・ ネネムはよろこんで叮寧におじぎをして先生の処から一足退きますと先生が低く、「もう藁のオムレツが出来あがった頃だな。」と呟やいてテーブルの上にあった革のカバンに白墨のかけらや講義の原稿やらを、みんな一緒に投げ込んで、小脇にかかえ、さ・・・ 宮沢賢治 「ペンネンネンネンネン・ネネムの伝記」
・・・ 波は細かい砂を打ってその歓声に合わせるようさしては退き、退いてはさし、轟いている。陽子は嬉しいような、何かに誘われるような高揚した心持になって来た。彼女は男たちから少し離れたところへ行って、確り両方の脚を着物の裾で巻きつけた。「ワ・・・ 宮本百合子 「明るい海浜」
・・・ 進みも退きもしない容態で十日ほど立ったけれども医師の診断はどうしても違わないと云う事になって来た。 チブスならパラチブスで極く軽いのだけれどもお家へお置きなさるのはどうでしょうと、主婦が神経質なのを知って居る医師が病院送りの相談を・・・ 宮本百合子 「黒馬車」
・・・お茶の水の卒業後暫く目白の女子大学に学び、先年父の外遊に随って渡米、コロムビア大学に留まって社会学と英文学研究中、病気に罹り中途で退きましたが、その時、荒木と結婚することになり、大正九年に帰朝いたしまして、その後は家事のひまひまに筆にいそし・・・ 宮本百合子 「処女作より結婚まで」
・・・ いかにも口惜しげで、石川の心に同情が湧いた。幸雄の二の腕を背広の男が捉えた。「何する!」「おとなしく君が病院へさえ来れば何でもないんだ」「騙したな? よくも此奴! 退け! 退きゃがれったら!」 幸雄が藻掻けば藻掻くほど、腕・・・ 宮本百合子 「牡丹」
・・・それは阿部権兵衛が殉死者遺族の一人として、席順によって妙解院殿の位牌の前に進んだとき、焼香をして退きしなに、脇差の小柄を抜き取って髻を押し切って、位牌の前に供えたことである。この場に詰めていた侍どもも、不意の出来事に驚きあきれて、茫然として・・・ 森鴎外 「阿部一族」
出典:青空文庫