・・・ 御最後川の岸辺に茂る葦の枯れて、吹く潮風に騒ぐ、その根かたには夜半の満汐に人知れず結びし氷、朝の退潮に破られて残り、ひねもす解けもえせず、夕闇に白き線を水ぎわに引く。もし旅人、疲れし足をこのほとりに停めしとき、何心なく見廻わして、何ら・・・ 国木田独歩 「たき火」
・・・しんとしてさびしい磯の退潮の痕が日に輝って、小さな波が水際をもてあそんでいるらしく長い線が白刃のように光っては消えている。無人島でない事はその山よりも高い空で雲雀が啼いているのが微かに聞こえるのでわかる。田畑ある島と知れけりあげ雲雀、これは・・・ 国木田独歩 「忘れえぬ人々」
・・・けれども日本の左翼運動の歴史的な退潮の原因は単にそういう一群の生活の裡にのみ在ったのであり、又敗北の結果は単にその一群の生活の上にだけ降りかかって終るものであろうか。 今日作家が一般的に、こういう面でのみ闊達であり得るということについて・・・ 宮本百合子 「落ちたままのネジ」
・・・日本の左翼運動の退潮はインテリゲンツィアを或る意味で全面的に動揺させ帰趨を失わしめた。文学の仕事に従うインテリゲンツィアにもこのことは強烈に作用している。しかも日本には日本文学の伝統として、近代文学の確立と同時に文学者は一般官吏、実業家、軍・・・ 宮本百合子 「今日の文学の鳥瞰図」
・・・ 左翼の歴史が何故そのように急な興隆と急な退潮とを余儀なくされているかということについて、詳細にここで触れる必要のないことであろうと思うが、これ等の重大な歴史の相貌は悉く、日本がヨーロッパよりおくれて、而も独自な事情のもとに近代社会とし・・・ 宮本百合子 「今日の文学の展望」
・・・左翼の力が退潮した後、思想上の混乱から彼は死のうとして失敗し、やがて「感化教育の中に一生を投じ、自分の思想、信念を生かそうとして」いる現状である。妻の胤子が、女にあり勝の外部からの刺激に動かされ易い性質から左翼の活動に入ったが、その高揚期が・・・ 宮本百合子 「作品のテーマと人生のテーマ」
・・・によって第一段の債鬼追っ払いをした時代であり、日本文学の動向に於てかえり見ると、これは明瞭な指導性をもつ文芸思潮というものが退潮して後、しかも今日では被うべくもない文化に対する統制が次第に現れようとする時であった。森田たま氏の「もめん随筆」・・・ 宮本百合子 「作家のみた科学者の文学的活動」
・・・二三年前プロレタリア文学運動に蹉跌を生じ急速に退潮するとともに、文芸復興の声が高くあがった。それには、当時として必然なさまざまの理由があったのではあるが、それ以来多くの作家の「芸の虫」めいた技法追究は激しく推移する日本の現実の情勢から、作品・・・ 宮本百合子 「十月の文芸時評」
・・・前衛としての知識人の負う艱苦、犠牲は運動の退潮期には猛烈であるから、一般的敗北の跡の検討ということは、冷静に、確乎性をもって歴史的な眼から行われ難い。船が難破しかかったとき、最後にその船を転覆させて自分たちの命もすてさせてしまうのは、舷の傾・・・ 宮本百合子 「全体主義への吟味」
・・・一九三二年以来日本の社会的事情は急激に変化して、プロレタリア文学は退潮を余儀なくされ、その背後の社会的な力は同時にブルジョア文学をも著しく萎靡させた。それに反撥する要求として、一部の作家から文学に於ける能動的精神ということが言われ初めた。・・・ 宮本百合子 「ヒューマニズムの諸相」
出典:青空文庫