・・・すると乗客の降り終るが早いか、十一二の少女が一人、まっ先に自働車へはいって来た。褪紅色の洋服に空色の帽子を阿弥陀にかぶった、妙に生意気らしい少女である。少女は自働車のまん中にある真鍮の柱につかまったまま、両側の席を見まわした。が、生憎どちら・・・ 芥川竜之介 「少年」
豊島は僕より一年前に仏文を出た先輩だから、親しく話しをするようになったのは、寧ろ最近の事である。僕が始めて豊島与志雄と云う名を知ったのは、一高の校友会雑誌に、「褪紅色の珠」と云う小品が出た時だろう。それがどう云う訳か、僕の・・・ 芥川竜之介 「豊島与志雄氏の事」
・・・すぐとびおきて私は、退紅色と紅の古い紙に包んだ鏡と、歌と、髪の毛をもってあの人の家にかけて行った。あの人はよそに出て居た。それを縁側に置いて、「身を大切にする様に、 自分を大切なものに思う様に、 勉強する様に」と伯父さんに口・・・ 宮本百合子 「つぼみ」
私の部屋の前にかなり質の好い紅葉が一本ある。 気がつかないで居て今日見るとめっきり色附いて、品の好い褪紅色になって槇の隣りにとびぬけた美くしさで輝いて居る。 今畳屋が入って居るので家中、何となし新らしい畳特有の香り・・・ 宮本百合子 「通り雨」
・・・日向に出ると穏やかに暖かで、白い砂利路の左に色づいたメイプルの葉が、ぱっとした褪紅色に燃えていた。空気は極軽く清らかで威厳に満ちているので、品のよい華やかな色が、眩惑と哀愁を与えた。 黒い帽子の婦人が、黒い犬をつれ、通りすぎた。――・・・ 宮本百合子 「翔び去る印象」
・・・ 机が大変よごれたので水色のラシャ紙をきって用うところだけにしき、硯ばこを妹にふみつぶされたから退紅色のところに紫や黄で七草の出て居る千代がみをほそながくきって図学(紙をはりつけて下に敷いた。 水色のところにうき出したように見えてき・・・ 宮本百合子 「日記」
・・・番頭は早口に遠慮なく出させる私を、変な顔をして見た。褪紅色の地に大きな乱菊を出したのと、鶯茶の様な色へ暖い色の細かい模様を入れたのを買うと、あっちの隅でお繁婆さんは、出来上って居る瓦斯の袢天の袖を引っぱって居たので、せかせまいと女中の見て居・・・ 宮本百合子 「農村」
出典:青空文庫