・・・このいたずらを利用したものの例としては三角測量の際に遠方の三角点から光の信号を送るへリオトロープがあり、その他色々な光束が色々の信号に使われるのは周知のことである。自分の子供の時分に屋内の井戸の暗い水底に薬鑵が沈んだのを二枚の鏡を使って日光・・・ 寺田寅彦 「異質触媒作用」
・・・「あれが漁場漁場へ寄って、魚を集めて阪神へ送るのです」桂三郎はそんな話をした。 やがて女中が高盃に菓子を盛って運んできた。私たちは長閑な海を眺めながら、絵葉書などを書いた。 するうち料理が運ばれた。「へえ、こんなところで天麩・・・ 徳田秋声 「蒼白い月」
・・・死減一等の連中を地方監獄に送る途中警護の仰山さ、始終短銃を囚徒の頭に差つけるなぞ、――その恐がりようもあまりひどいではないか。幸徳らはさぞ笑っているであろう。何十万の陸軍、何万トンの海軍、幾万の警察力を擁する堂々たる明治政府を以てして、数う・・・ 徳冨蘆花 「謀叛論(草稿)」
・・・もしこの事がなかったなら、わたくしは今日のように、老に至るまで閑文字を弄ぶが如き遊惰の身とはならず、一家の主人ともなり親ともなって、人間並の一生涯を送ることができたのかも知れない。 わたくしが十六の年の暮、といえば、丁度日清戦役の最中で・・・ 永井荷風 「十六、七のころ」
・・・画に似たる少女の、舟に乗りて他界へ行くを、立ちならんで送るのでもあろう。 舟はカメロットの水門に横付けに流れて、はたと留まる。白鳥の影は波に沈んで、岸高く峙てる楼閣の黒く水に映るのが物凄い。水門は左右に開けて、石階の上にはアーサーとギニ・・・ 夏目漱石 「薤露行」
・・・この人民の政を捨てて政府の政にのみ心を労し、再三の失望にも懲りずして無益の談論に日を送る者は、余輩これを政談家といわずして、新奇に役談家の名を下すもまた不可なきが如く思うなり。 今の如く役談家の繁昌する時節において、国のために利害をはか・・・ 福沢諭吉 「学者安心論」
・・・離筵となると最早唐人ではなくて、日本人の書生が友達を送る処に変った。剣舞を出しても見たが句にならぬ。とかくする内に「海楼に別れを惜む月夜かな」と出来た。これにしようと、きめても見た。しかし落ちつかぬ。平凡といえば平凡だ。海楼が利かぬと思えば・・・ 正岡子規 「句合の月」
・・・本線のシグナルに夜電気を送る太い電信柱がさももったいぶって申しました。 本線のシグナルはきまり悪そうに、もじもじしてだまってしまいました。気の弱いシグナレスはまるでもう消えてしまうか飛んでしまうかしたいと思いました。けれどもどうにもしか・・・ 宮沢賢治 「シグナルとシグナレス」
・・・永年住んでいたものだから、毎月敷生村から救済費として米を六升ずつ送る条件で、愈々沢や婆は柳田村に移されることになった。 沢や婆は、一軒ずつ暇乞いに歩いた。「私ももうこれでおめにかかれませんよ、こう弱っちゃあね」 ごぼごぼと咳をし・・・ 宮本百合子 「秋の反射」
・・・旅順は落ちると云う時期に、身上の有るだけを酒にして、漁師仲間を大連へ送る舟の底積にして乗り出すと云うのは、着眼が好かったよ。肝心の漁師の宰領は、為事は当ったが、金は大して儲けなかったのに、内では酒なら幾らでも売れると云う所へ持ち込んだのだか・・・ 森鴎外 「鼠坂」
出典:青空文庫