・・・僕は、出発の当時、井筒屋の主人に、すぐ、僕が出直して来なければ、電報で送金すると言っておいたのだ。 先刻から、正ちゃんもいなくなっていたが、それがうちへ駆けつけて来て、「きイちゃんが、今、方々の払いをしておる」と、注進した。「じ・・・ 岩野泡鳴 「耽溺」
・・・年内に江戸表へ送金せねば、家中一同年も越せぬというありさま故、満右衛門はほとほと困って、平野屋の手代へ、品々追従賄賂して、頼み込んだが、聞き入れようともせず、挙句に何を言うかときけば、「――頼み方が悪いから、用達出来ぬ」 との挨拶だ・・・ 織田作之助 「勧善懲悪」
・・・私は風呂敷包みを解いて、はじめて手にするほどの紙幣の束の中から、あの太郎あてに送金する分だけを別にしようとした。不慣れな私には、五千円の札を車の上で数えるだけでもちょっと容易でない。その私を見ると、次郎も末子も笑った。やがて次郎は何か思いつ・・・ 島崎藤村 「分配」
・・・ 支那では北京政府が二十万元を支出して送金して来た外、これまで米殻輸出を禁じていたのを、とくに日本のために、その禁令をといたり、全国の海関税を今後一か年間一割ひき上げて、それだけを日本へおくることを発表しました。もと支那の皇帝であられた・・・ 鈴木三重吉 「大震火災記」
・・・故郷の兄は私のだらし無さに呆れて、時々送金を停止しかけるのであるが、その度毎に北さんは中へはいって、もう一年、送金をたのみます、と兄へ談判してくれるのであった。一緒にいた女の人と、私は別れる事になったのであるが、その時にも実に北さんにお手数・・・ 太宰治 「帰去来」
・・・君の自重をうながすだけのことである。送金を減らされたそうだが、減らされただけ生活をきりつめたらどんなものだろう。生活くらい伸びちぢみ自在になるものはない。至極簡単である。原稿もそろそろ売れて来るようになったので、書きなぐらないように書きため・・・ 太宰治 「虚構の春」
・・・それ以外に、送金を願う口実は無かった。実情はとても誰にも、言えたものではなかった。私は共犯者を作りたくなかったのである。私ひとりを、完全に野良息子にして置きたかった。すると、周囲の人の立場も、はっきりしていて、いささかも私に巻添え食うような・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ 醜い顔の東洋人。けちくさい苦学生。赤毛布。オラア、オッタマゲタ。きたない歯。日本には汽車がありますの? 送金延着への絶えざる不安。その憂鬱と屈辱と孤独と、それをどの「洋行者」が書いていたろう。 所詮は、ただうれしいのである。上野の博覧・・・ 太宰治 「如是我聞」
・・・親元へ送金を願う手紙を最も得意としていた。例えばこんな工合いであった。謹啓、よもの景色云々と書きだして、御尊父様には御変りもこれなく候や、と虚心にお伺い申しあげ、それからすぐ用事を書くのであった。はじめお世辞たらたら書き認めて、さて、金を送・・・ 太宰治 「ロマネスク」
・・・パリからロンドンへ渡ってそこで日本からの送金を受取るはずになっており、従ってパリ滞在中は財布の内圧が極度に低下していたので特に煙草の専売に好感を有ち損なったのであろう。マッチも高かったと思うが、それよりもマッチのフランス語を教わって来るのを・・・ 寺田寅彦 「喫煙四十年」
出典:青空文庫