・・・すると河童は逃げ腰をしたなり、二三メエトル隔たった向こうに僕を振り返って見ているのです。それは不思議でもなんでもありません。しかし僕に意外だったのは河童の体の色のことです。岩の上に僕を見ていた河童は一面に灰色を帯びていました。けれども今は体・・・ 芥川竜之介 「河童」
・・・そのうちに洋画家は、だんだん逃腰になった。私は、苦しい中でも、Hを不憫に思った。Hは、もう、死ぬるつもりでいるらしかった。どうにも、やり切れなくなった時に、私も死ぬ事を考える。二人で一緒に死のう。神さまだって、ゆるしてくれる。私たちは、仲の・・・ 太宰治 「東京八景」
・・・ねこは起きあがり、静かに私のほうへ歩いて来た。私は鰯を一尾なげてやった。ねこは逃げ腰をつかいながらもたべたのだ。私の胸は浪うった。わが恋は容れられたり。ねこの白い毛を撫でたく思い、庭へおりた。脊中の毛にふれるや、ねこは、私の小指の腹を骨まで・・・ 太宰治 「葉」
・・・ と叫びながら、可憫そうな支那兵が逃げ腰になったところで、味方の日本兵が洪水のように侵入して来た。「支那ペケ、それ、逃げろ、逃げろ、よろしい。」 こうして平壌は占領され、原田重吉は金鵄勲章をもらったのである。下 ・・・ 萩原朔太郎 「日清戦争異聞(原田重吉の夢)」
・・・いつだって、二重の、いつでも逃げ腰の親切か、さもなければはぐらかししかなかったのよ。そうでしょう?」「…………」「絶対の支持、ということがわかる? その幅の中で、どんなに憎まれ口をきいたにしても、馬鹿をしたにしても、それでも、なお絶・・・ 宮本百合子 「風知草」
出典:青空文庫