・・・殊に七たび目に曲ったのはもう逃げ道のない袋路である。如来は彼の狼狽するのを見ると、路のまん中に佇んだなり、徐ろに彼をさし招いた。「その指繊長にして、爪は赤銅のごとく、掌は蓮華に似たる」手を挙げて「恐れるな」と言う意味を示したのである。が、尼・・・ 芥川竜之介 「尼提」
・・・「イヤ、君だってそうでしょうが、題は自然に出て来るもので、それと定まったら、もうわたしには棄てきれませぬ。逃げ道のために蝦蟇の術をつかうなんていう、忍術のようなことは私には出来ません。進み進んで、出来る、出来ない、成就不成就の紙一重の危・・・ 幸田露伴 「鵞鳥」
・・・しかし、デパートの火事は下へは燃えないで、上へばかり燃え抜けるから、逃げ道さえあいていれば下へ逃げればよい。下へ逃げそこなったら頂上の岩山の燃え草のない所へ行けば安全である。白木屋の火事の時に、屋上が焼け落ちるかもしれないと言っておどかす途・・・ 寺田寅彦 「銀座アルプス」
・・・ あんなにも痛ましくたくさんの死者を出したのは一つには市街が狭い地峡の上にあって逃げ道を海によって遮断せられ、しかも飛び火のためにあちらこちらと同時に燃え出し、その上に風向旋転のために避難者の見当がつかなかったことなども重要な理由には相・・・ 寺田寅彦 「函館の大火について」
・・・ プロレタリア文学運動に加えられた野蛮な圧迫をおそれ、圧迫をさける一つの逃げ道としてばかりあつかわれた日本の当時の動きはもとより「自我」をまもるどころではなかった。 これらの事情をかえりみると一緒に、わたしたちは真面目に一つのことを・・・ 宮本百合子 「自我の足かせ」
出典:青空文庫