・・・寒暖計を眺めて、どうもあの山の高さはよほどあるよと云う連中は、寒暖計を験温器の代りにして逆上の程度でも計ったらよかろうと思う。もっともここに見当違いの批評と云うのは、美をあらわした作物を見て、ここには真がないと否定する意味ではない。真がない・・・ 夏目漱石 「文芸の哲学的基礎」
・・・さっき柩を舁き出されたまでは覚えて居たが、その後は道々棺で揺られたのと寺で鐘太鼓ではやされたので全く逆上してしまって、惜い哉木蓮屁茶居士などというのはかすかに聞えたが、その後は人事不省だった。少し今、ガタという音で始めて気がついたが、いよい・・・ 正岡子規 「墓」
・・・身もだえし、泣き、そこは自分の生きられるところでないと苦しむのか、ほとんど諒解に苦しんでいるあいてを伸子として避けられない容赦なさで傷けながら、その人をそのように苦しめているという意識で自分もますます逆上しながら。―― 作者は、この社会・・・ 宮本百合子 「あとがき(『宮本百合子選集』第六巻)」
・・・植民地化されて慰安のストリプト・ティーズが公然演じられるようになると、人間の性が自然に保っているまじめさ、おのずからに精神がそこに浮ぶ性の行為が、こんどは、逆上した露骨さでひろげられている。 矛盾だらけで、本能的で狭い生活から解放されて・・・ 宮本百合子 「人間イヴの誕生」
出典:青空文庫