・・・もし万一途中で断れたと致しましたら、折角ここへまでのぼって来たこの肝腎な自分までも、元の地獄へ逆落しに落ちてしまわなければなりません。そんな事があったら、大変でございます。が、そう云う中にも、罪人たちは何百となく何千となく、まっ暗な血の池の・・・ 芥川竜之介 「蜘蛛の糸」
・・・ が、中でも一番面白かったのは、うすい仮綴じの書物が一冊、やはり翼のように表紙を開いて、ふわりと空へ上りましたが、しばらくテエブルの上で輪を描いてから、急に頁をざわつかせると、逆落しに私の膝へさっと下りて来たことです。どうしたのかと思っ・・・ 芥川竜之介 「魔術」
・・・それをお前帽子に喰着けた金ぴかの手前、芝居をしやがって……え、芝居をしやがったんたが飛んで行って、其の頭蓋骨を破ったので、迸る血烟と共に、彼は階子を逆落しにもんどりを打って小蒸汽の錨の下に落ちて、横腹に大負傷をしたのである。薄地セルの華奢な・・・ 有島武郎 「かんかん虫」
・・・虹の目玉だ、やあ、八千年生延びろ、と逆落しの廂のはずれ、鵯越を遣ったがよ、生命がけの仕事と思え。鳶なら油揚も攫おうが、人間の手に持ったままを引手繰る段は、お互に得手でない。首尾よく、かちりと銜えてな、スポンと中庭を抜けたは可かったが、虹の目・・・ 泉鏡花 「紅玉」
・・・巌路へ踏みはだかるように足を拡げ、タタと総身に動揺を加れて、大きな蟹が竜宮の女房を胸に抱いて逆落しの滝に乗るように、ずずずずずと下りて行く。「えらいぞ、権太、怪我をするな。」 と、髯が小走りに、土手の方から後へ下りる。「俺だって・・・ 泉鏡花 「縷紅新草」
・・・後の人は其処へ残ったけれども、見る見る自分たちの一行の半分は逆落しになって深い深い谷底へ落ちて行くのを目にしたその心持はどんなでしたろう。それで上に残った者は狂人の如く興奮し、死人の如く絶望し、手足も動かせぬようになったけれども、さてあるべ・・・ 幸田露伴 「幻談」
・・・山並の彼方から、憤りのようにムラムラと湧いた雲が、性急な馳足で鈍重な湖面を圧包むと、もう私共は真個に暗紅の火花を散らす稲妻を眺めながら、逆落しの大雨を痛い程体中に浴びなければなりません。其の驟雨は、いつも彼方にのっしりと居坐ったプロスペクト・・・ 宮本百合子 「C先生への手紙」
出典:青空文庫